日本テレコムの買収と固定・携帯通信への布石
2004年実施NTT一強の固定通信市場へ約3,400億円で参入——孫正義はなぜADSLの次に「法人と携帯」の足場を日本テレコムに求めたのか
- 概要
- 2004年7月、ソフトバンクが固定通信事業者の日本テレコムを約3,400億円で買収した経営判断。法人向け固定通信の顧客基盤600万ユーザーと光ファイバー事業を確保し、Yahoo!BBで築いた先行投資型の消費者事業モデルを法人・通信領域へ広げるとともに、携帯電話への参入をにらんだ足場とした。
- 背景
- NTTが圧倒的に強い固定通信市場で、日本テレコムは英ボーダフォン傘下に入ったのち携帯部門を切り離され、法人向け固定通信の再生に苦しんでいた。ソフトバンクはADSL(Yahoo!BB)に続く事業の柱と、狙い続けていた携帯参入の足場を探していた。
- 内容
- ソフトバンクは日本テレコムを買収して法人顧客基盤と光ファイバー網を取り込み、直後には割安固定電話でNTTと正面から競う構図をつくった。消費者向けで用いた先行投資と価格勝負の手法を、法人・固定通信へ持ち込む一手であった。
- 含意
- この買収は、投資会社の色を強めていたソフトバンクが、自ら通信インフラを保有・運営する事業会社へ踏み込む転機となった。日本テレコムで得た通信事業の運営経験は、2006年のボーダフォン日本法人買収による携帯キャリア新規参入へ直接つながった。
「投資会社」から「通信会社」への曲がり角
この買収の意味は、単に固定通信という事業を1つ増やしたことにとどまらない。1990年代後半から2000年前後にかけて、ソフトバンクは買収と投資で膨らむ「投資会社」の色を濃くしていた。日本テレコムを丸ごと抱えたことは、他社に投資して値上がりを待つ立場から、自ら通信網を持ち顧客に日々サービスを届ける事業会社の立場へと、比重を移す判断であった。赤字が続くさなかに約3,400億円を投じた大胆さは、投資家というより事業家としての賭けであった。
あわせて見えるのは、孫正義の一貫した二段構えである。Yahoo!BBで消費者向けの足場を築き、日本テレコムで法人と固定網を押さえ、その先で携帯という本丸へ——個々の買収は高くつく賭けに見えても、通信インフラを川上から川下まで自前で握るという長い設計図の一部として並べると筋が通る。日本テレコムの買収は、その設計図のなかで、ソフトバンクを通信会社へと押し出した曲がり角であったとみることができる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
ボーダフォン傘下で揺れた日本テレコム
日本テレコムは、国鉄の通信網を母体に生まれた新電電(NCC)の一角で、携帯電話のJ-フォンを傘下に持つ通信会社であった。2001年、経営の立て直しを狙って英ボーダフォンの資本を受け入れ、同社を筆頭株主に迎える。ライバルからは「屈辱的」との声も上がる決断だったが、村上社長は生き残りのために外資と組む道を選んだ。その後、稼ぎ頭の携帯部門はボーダフォン日本法人として切り離され、日本テレコムには法人向けを中心とする固定通信事業が残された[1]。
携帯を失った日本テレコムの固定通信事業は、NTTが圧倒的に強い市場で苦戦を続けた。回線を貸す「足回り」だけの商売では先細りが避けられず、同社はITコンサルティングなどへの脱皮を模索していた。2004年、新経営陣は固定通信への依存から抜け出す事業転換に賭けようとしていた[2]。
ADSLの次を探すソフトバンク
一方のソフトバンクは、2001年に始めたYahoo!BBで消費者向けのブロードバンドに参入し、モデムの無料配布などの先行投資で加入者を積み上げていた。ただし通信インフラそのものはADSL中心で、法人市場や自前の基幹網はこれからであった。孫正義は消費者向けで通用した先行投資と価格勝負の手法を、より大きな通信市場へ広げる足場を探していた。とりわけ、時間や方法を問わず必ず携帯電話へ参入するという意思を、繰り返し公言していた[3]。
決断
約3,400億円で固定通信を丸ごと取り込む
2004年7月、ソフトバンクは日本テレコムを約3,400億円で買収し、子会社とした。手に入れたのは、法人向け固定通信のおよそ600万ユーザーという顧客基盤と、全国の光ファイバー網である。ADSLを足がかりに固定通信全般へ事業を広げるうえで、一から回線網を敷くのではなく、既存の通信会社を丸ごと取り込む選択であった。消費者向けで蓄えたブロードバンドの運営力に、法人と基幹網を一挙に接ぎ木する買収であった[4]。
買収の直後から、ソフトバンクは日本テレコムの網を使った割安な固定電話サービスを打ち出し、通話料でNTTと正面から競う構図をつくった。消費者向けのYahoo!BBで用いた「安さで一気にシェアを取る」手法を、法人・固定通信の世界へ持ち込む動きであった。NTTが支配してきた通信市場に、価格を武器に切り込んでいく構えが鮮明になった[5]。
結果
携帯参入への足場となった
日本テレコムの買収は、ソフトバンクにとって通信インフラを自ら保有・運営する事業会社へ踏み込む一歩となった。固定通信で得た顧客基盤と運営の経験は、公言し続けていた携帯電話参入の足場になる。2004年9月には総務省へ周波数の割り当てを求め、2005年に免許を申請、そして2006年4月、ソフトバンクはボーダフォン日本法人を買収して携帯キャリアへ新規参入した。日本テレコムで固定を押さえ、その先で携帯へ——2004年の買収は、この二段構えの前半にあたる布石であった[6]。
ただし、既存の通信会社を丸ごと引き受ける買収には、統合の難しさもついて回った。孫正義はのちに、日本テレコムの買収時に経営を現場任せにして苦戦した反省を語り、携帯事業では料金・端末・ネットワークまで自ら陣頭指揮を執る形へ改めている。買収で足場は得たものの、それを自社の事業として動かしきるには、経営の関わり方そのものを組み替える必要があった[7]。
- 日経ビジネス(2001年3月5日)
- 日経ビジネス(2004年3月29日)
- 日経ビジネス(2004年7月26日)
- 日経ビジネス(2004年9月6日)
- ソフトバンクグループ 有価証券報告書(2025年3月期)【沿革】