エリオットの株主還元要求と、4.5兆円資産売却・2.5兆円自社株買い

保有株の価値と時価のかい離を、孫正義氏はアクティビストの催促のなかでどう埋めようとしたか

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時期 2020年3月
意思決定者 孫正義 ソフトバンクグループ 会長兼社長
論点 割安是正のための資本政策と株主・ガバナンス圧力への応答
概要
2020年3月、ソフトバンクグループが最大4.5兆円(410億ドル)の保有資産を売却・資金化し、最大2兆円の追加自社株買いと有利子負債の圧縮に充てると発表した経営判断。同月13日に公表した5,000億円分と合わせ、自社株買いは計2.5兆円規模となった。この発表は、物言う株主エリオット・マネジメントが大規模な株主還元とガバナンス改善を求めた直後に置かれた。
背景
2020年2月、エリオットがソフトバンクグループ株を取得し、最大200億ドル(約2.2兆円)の自社株買いや社外取締役の増員などを要求していたことが表面化した。当時の同社は、保有するアリババ株などの価値の半分にも満たない水準に株式時価が沈む割安の状態にあり、ビジョン・ファンドの巨額評価損で2020年3月期は純損失に陥る見通しであった。
内容
孫正義会長兼社長は、保有株の一部を現金化して財務を縮小しつつ、割安に放置された自社株を買い戻す方針へ転じた。資産売却は今後4四半期で実施し、5,000億円分と最大2兆円分を合わせた2つの自社株買いは、発行済み株式の45%を取得・消却する規模に相当した。新型コロナウイルスの世界的な感染拡大で株価が急落するさなかの発表であった。
含意
要求と発表の時期が重なったことで、エリオットの働きかけに事実上応じたとの見方が広がった。もっとも同社は割安是正と財務強化を発表の目的として説明しており、還元圧力と経営判断の因果は一様ではない。史上最大級の自社株買いは、保有株の価値と時価のかい離をどう埋めるかという、その後も続く問いへとつながっていた。
筆者の見解

割安ディスカウントと物言う株主

この判断の核心には、投資持株会社という形が抱える構造がある。保有する上場株の価値を積み上げても、市場は持株会社の株価をそれより低く値づけする——いわゆる割安ディスカウントである。この差を放置すれば、株主にとっては眠ったままの価値となり、物言う株主に是正の口実を与える。エリオットが二度にわたって同じ主題で接近したのは、この構造が同社に根づいているからだとみることができる。2020年の巨額還元は、その差を自社株買いで縮める最も直接的な手であった。

もっとも、資産を売って自社株を買う手法には限りがある。保有株を現金化すれば、その分だけ将来の値上がり益を手放すことにもなり、成長への投資と株主還元は同じ原資を奪い合う。孫会長がAIへの巨額投資を掲げるほど、還元に回せる資金との緊張は強まる。割安をどこまで埋め、どこから成長に賭けるのか——保有株の価値と時価のかい離という問いは、答えを一つに定めにくいまま、同社の資本政策に残り続けているとみられる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

アクティビストの接近

2020年2月、米国の著名なアクティビスト、エリオット・マネジメントがソフトバンクグループの株式を取得したことが表面化した。エリオットは最大200億ドル、日本円でおよそ2.2兆円にのぼる自社株買いに加え、社外取締役の増員などガバナンスの見直しを求めていた。保有株の価値の半分にも満たない水準に株式の時価が沈んでいるとの認識が、その要求の根拠にあった。世界最大級の物言う株主が、孫正義会長兼社長の経営に還元と統治の両面から注文をつけた場面であった[1]

エリオットが積み上げた持ち分は、後の同社の振り返りでおよそ30億ドル相当とされた。ビジョン・ファンドの投資判断をめぐる不透明さや、割安に放置された株価を、エリオットは是正の余地とみていた。孫会長は取得の直後にエリオット側と接触したと伝えられ、要求そのものは水面下の対話にとどまり、正式な株主提案や委任状の争奪には至らなかった。それでも、還元を迫る外部の圧力が経営の視野に入ったことは確かであった[2]

割安の株価とコロナショック

エリオットの指摘した割安は、数字の上でも際立っていた。ソフトバンクグループが保有するアリババ、ソフトバンク、ARMなどの株式価値を積み上げると、1株あたりの理論的な価値は市場価格の倍を超えていた。会社側が後に示した試算では、保有資産をもとにした株主価値は1株あたり約1万300円で、市場の株価はその半分にも満たなかった。持株会社の株価が、保有する資産の価値に対して割り引かれて評価される構図が続いていた[3]

還元圧力が高まるさなか、同社は本業の側でも痛手を負っていた。ビジョン・ファンドがWeWorkなどの評価損を抱え、2020年3月期は親会社の所有者に帰属する当期損益が9,615億円の赤字に落ち込んだ。折しも新型コロナウイルスの感染が世界へ広がり、株式市場は総崩れとなって同社株も急落した。評価損と株安が重なり、保有株の価値と時価のかい離をどう扱うかが、避けられない経営課題になっていた[4]

決断

4.5兆円の資産売却と2.5兆円の自社株買い

2020年3月23日、ソフトバンクグループは最大4.5兆円、米ドル換算で410億ドルにのぼる保有資産を売却または資金化すると発表した。調達した資金は、最大2兆円の自社株買いと、有利子負債の削減や現金の積み増しに充てる計画であった。すでに同月13日に5,000億円の自社株買いを公表しており、この2兆円分と合わせて自社株買いは計2.5兆円の規模に達した。資産の売却は今後4四半期にわたって実施するとした[5]

2つの自社株買いを合わせると、発行済み株式のおよそ45%を取得して消却する計算になった。孫会長は割安な自社株を買い戻すことに加え、負債を圧縮して財務を安定させる守りを前面に置いた。投資先を次々に取り込んで資産を膨らませてきた同社が、保有株を現金化して規模を縮める方向へ転じた点に、この判断の転換があった。世界的な株安のさなかに過去最大級の還元を打ち出した決断であった[6]

割安是正か、還元圧力への応答か

発表の直前にエリオットが大規模な還元を求めていたため、市場では要求に事実上応じたとの見方が広がった。会社側は資産売却と自社株買いの目的を、割安な株価の是正と財務の強化にあると説明していた。株価下落と評価損が重なるなかで財務の縮小へ動く判断は、外部からの催促がなくとも十分に説明のつくものであった。要求と発表の時期が重なったことは確かであるものの、両者の因果を一本の線で結ぶのは難しい[7]

赤字のさなかに巨額の自社株買いを打ち出す判断には、疑問も向けられた。純損失を計上する期に手元資金を還元へ振り向ける動きは、財務の健全性という観点からは逆風にも映る。それでも、保有株の含み益がなお厚く、資産を売れば資金は捻出できるとの読みが、この決断を支えていた。目減りした株価を放置せず、保有資産の価値へ引き寄せることに、孫会長は資本政策の主眼を置いた[8]

結果

株価の反発と、還元の実行

発表は株価に即座に表れた。2020年3月23日の公表を受けて同社株は制限値幅いっぱいまで買われ、前営業日比500円高の3,187円で取引を終えた。市場を覆っていた同社への警戒感は、還元と財務縮小の方針が示されたことで薄れていった。翌四半期以降、同社はアリババ株などの売却を進めて資金を確保し、公表した還元を現実の買い戻しへとつないでいった[9]

自社株買いは着々と積み上がった。2020年12月の時点で、2.5兆円の枠のうち1.5兆円を実施済みとし、残る1兆円は2021年7月末までに終える計画を示した。株価が保有資産の価値へ近づく一方で、還元圧力の発端であったエリオットは、同社が買い戻しのペースを上げるなかで持ち分をほぼ手放していった。要求の主が退場しても、割安を埋めるための資本政策は同社の基調として残った[10]

割安是正をめぐる攻防は、一度で終わらなかった。2024年6月、エリオットは再びソフトバンクグループ株を取得し、150億ドル規模の自社株買いを求めていると報じられた。ARM株の高騰で保有資産の価値が膨らむ一方、株価がそれに追いつかない構図が、四年を経てふたたび物言う株主を引き寄せた。保有株の価値と時価のかい離という主題は、繰り返し同社の資本政策に立ち返ってくる論点であった[11]

出典・参考