ソフトバンクグループ 英ARM買収で最大M&A IoT・AI時代を見据えた3.3兆円という過去最大規模の投資

更新:

時期 2016年7月
当時の社長 孫正義
論点 IoT・AI時代を見据えた半導体設計IPの獲得
何をなぜ決めたか
概要

2016年7月18日、ソフトバンクグループがARMホールディングスの発行済株式および発行予定株式の全部を総額約240億ポンド(約3.3兆円)の現金で買い付ける条件に合意し、同年9月5日に支配を獲得して完全子会社とした経営判断。連結上の取得原価は3兆3,670億円で、同社にとって過去最大規模の買収であった。

背景

有報は子会社化の目的として、ARMが半導体の知的所有権とIoTにおける優れた能力を持つ世界有数のテクノロジー企業である点を挙げ、ライセンス供与と研究開発受託における同社の地位を支え、イノベーションへの傾注を維持し、投資を拡大できるとした。あらゆる機器に組み込まれる半導体の設計を握る企業を、来るべき時代の中核と位置づけた判断である。

内容

イングランドの裁判所の承認を得るスキームオブアレンジメントの方法を用い、2016年8月30日のARM株主総会と9月1日の裁判所審問での承認を経て、9月5日にスキームの効力が発生した。現金による取得対価3兆3,191億円に、既に保有していた1.4%の持分の公正価値479億円を加えた額が取得原価である。

含意

支配獲得日にのれん2兆6,509億円を暫定計上し、2017年1〜3月に無形資産6,923億円を認識してのれんは2兆879億円へ修正された。2020年に米エヌビディアへの売却で合意したが2022年2月に破談し、ARMは2023年9月14日にナスダックへ上場。10.0%の売出しで売却益相当額6,744億円を資本剰余金へ計上した。

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筆者の見解
筆者の見解

畑違いの優良企業を3.3兆円で買収するという賭け

この買収の面白さは、通信・投資を本業とする会社が、半導体という畑違いの領域で、しかも赤字企業ではなく利益の出ている優良企業に過去最大の3兆3,670億円を投じた点にある。有報が並べた目的は、ARMのライセンス事業の地位を支え、イノベーションへの傾注を維持し、投資を拡大できるという、被取得企業の成長そのものに寄せたものであった。あらゆる機器に半導体が組み込まれる時代が来るなら、その設計を握る企業は関所のような位置を占める。ARM買収は、その関所を先回りして押さえる賭けであった。

皮肉なことに、ソフトバンクグループは一度はARMを手放そうとして果たせず、その結果として最大の果実を得た。エヌビディアへの売却が破談となって手元に残ったARMは、生成AIの広がりのなかで評価を高め、2023年9月の上場では10.0%の売出しだけで6,744億円の売却益相当額を資本剰余金に積んだ。取得原価の3兆円台という値づけが高かったか安かったかは、上場後の株価が答えている。ARM買収は、翌年のビジョン・ファンド組成と並んで、同社がAIに賭ける投資会社へと自らを作り替える出発点であった。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

業績の推移
買収の条件

買収の条件

科目 概要 備考
買付条件の合意日 2016年7月18日 グリニッジ標準時。イングランドの裁判所の承認を得るスキームオブアレンジメントによる
支配獲得日 2016年9月5日 8月30日のARM株主総会と9月1日の裁判所審問での承認を経てスキームの効力が発生した
企業結合の法的形式 現金による全株式の買付 発行済株式および発行予定株式の全部を取得し、ARMは完全子会社となった
買付総額 約240億ポンド 合意時に公表した金額で、日本円では約3.3兆円にあたる
取得原価 3兆3,670億円 現金3兆3,191億円と、既に保有していた1.4%の持分の公正価値479億円の合計
取得関連費用 258億円 その他の営業損益へ計上。1.4%の再測定で段階取得による利益182億円を認識した
受け入れた資産 9,129億円 負債1,968億円を差し引いた純資産は7,161億円。うち無形資産は6,934億円
のれん(当初計上) 2兆6,509億円 支配獲得日に計上した額。取得原価の配分が完了していない暫定値であった
のれん(修正後) 2兆879億円 2017年1〜3月に無形資産6,923億円を認識し、のれんは5,630億円減った
認識した無形資産の内訳 テクノロジー5,377億円 ほかに顧客基盤1,486億円・商標権59億円。耐用年数は8〜20年、13年、8年
業績への影響 売上高1,129億円 支配獲得日以降の約7か月。同期間の純利益は173億円であった
ビジョン・ファンドへの移管 持分の24.99% 出資コミットメント約82億米ドル相当の履行。2018年3月末時点の保有は19.7%
買い戻しの対価 161億米ドル 2023年8月にビジョン・ファンドから24.99%を取得。4分割で2025年8月までに支払う
新規株式公開 2023年9月14日 ナスダックへ上場し10.0%を売り出し、保有割合は90.0%。売却益相当額6,744億円

出所:ソフトバンクグループ 有価証券報告書 第37期(2017年3月期)連結財務諸表注記【企業結合】・第44期(2024年3月期)【追加情報】

のれん・無形資産・総資産の推移

ソフトバンクグループ:のれん・無形資産・総資産の推移

(百万円) のれん無形資産総資産 備考
2012年3月期 780,242−4,899,705 日本基準。無形固定資産はのれんを含む表示のため比較できず空欄とした
2013年3月期 924,972528,6837,218,172 IFRSで遡及表示した額。IFRSへの移行日は2012年4月1日
2014年3月期 1,532,3056,177,70116,684,997 スプリントの連結で無形資産5兆3,012億円とのれん2,752億円が加わった
2015年3月期 1,663,3636,903,58221,034,169
2016年3月期 1,609,7896,439,14520,707,192
2017年3月期 4,175,4646,946,63924,634,212 ARMの子会社化でのれんが2兆5,657億円増え、総資産は3兆9,270億円増えた
2018年3月期 4,302,5536,784,55031,180,466 ビジョン・ファンドの組成で総資産が6兆5,463億円増えた
2019年3月期 4,321,4676,892,19536,096,476
2020年3月期 3,998,1671,985,97237,257,292 スプリントを売却目的保有に分類したため無形資産が4兆9,062億円減った
2021年3月期 4,684,4192,308,37045,750,453
2022年3月期 4,897,9132,427,58047,544,670
のれんと無形資産
のれん(百万円)無形資産(百万円)

出所:ソフトバンクグループ 有価証券報告書 第32期〜第42期(連結財政状態計算書・連結貸借対照表)

同じ問いに直面した会社

同じ問いに直面した会社

海外企業の買収2019年リガク・ホールディングスイスラエル企業の取り込みによる、半導体量産ラインのX線計測への参入事業領域の拡大と顧客層の転換
2009年久光製薬株式公開買付けを通じて進めた米国の医薬品会社の全株取得米国における医療用医薬品事業の体制構築
2009年ジェイテクト2期連続赤字のさなかに踏み切った同業からの事業買収軸受事業の品揃えとグローバル生産体制
2024年浜松ホトニクスデンマーク企業の取り込みによるレーザ・ファイバ光学領域への事業拡張光電子増倍管への依存を越える事業領域の拡張と、対内投資規制をまたぐ海外買収
2026年村田製作所XBAR技術の取得をねらった買収と、のれん438億円が消えた結末技術獲得と減損
研究開発への注力2006年三井海洋開発借りていた係留技術を自社のものにする全株式取得中核技術の内製化と契約リスクの解消
2001年古河電工ケーブル部門の取り込みによる世界シェア2位への浮上光ファイバ事業の拡大と、銅線に代わる主力事業の獲得
1989年日本ゼオン米社の同事業取得と併せた日米欧3極生産体制の構築海外生産体制と事業の特化
1983年神戸製鋼所天然ガス直接還元製鉄技術の取得と、高炉に依らない製鉄への足がかり高炉によらない製鉄技術の保有
2019年住友ファーマ戦略的提携によるスミトバントの子会社化と、相手方株式11%の取得ラツーダの米国独占販売終了に備えた後継製品群の確保
参考文献
出典・参考
  • ソフトバンクグループ 有価証券報告書 第37期(2017年3月期)連結財務諸表注記【企業結合】
  • ソフトバンクグループ 有価証券報告書 第38期(2018年3月期)連結財務諸表注記
  • ソフトバンクグループ 有価証券報告書 第43期(2023年3月期)【追加情報】(エヌビディアへの売却契約の解消)
  • ソフトバンクグループ 有価証券報告書 第44期(2024年3月期)【追加情報】(ARM株式のグループ内取引および新規株式公開)
  • ソフトバンクグループ 有価証券報告書「第37期(2017年3月期)有価証券報告書」
  • ソフトバンクグループ 有価証券報告書「第38期(2018年3月期)有価証券報告書」
  • ソフトバンクグループ 有価証券報告書「第44期(2024年3月期)有価証券報告書」
  • ソフトバンクグループ 統合報告書「SoftBank Group Report FY2024」

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