グッドウィル・グループ請負最大手クリスタルグループの投資ファンド経由での買収と、デューデリジェンスの省略

連結納税書とPERの二つで足りるか——売上高が3倍の会社を、現場を見ずに883億円で取った買収

時期 2006年11月
意思決定者(推定) 折口雅博氏 グッドウィル・グループ 代表取締役会長兼CEO
論点 規模拡大とデューデリジェンスの省略
概要
2006年10月31日、グッドウィル・グループが投資ファンドを介して請負最大手クリスタルグループの株式67%相当を取得し、連結子会社とした経営判断。買収金額は883億円と報じられた。折口雅博会長は取材に対し、デューデリジェンスを行わずに買ったことを認めている。
背景
買い手は2006年6月期の連結売上高1,859億円・従業員1万855人。相手のクリスタルグループは2006年3月期の連結売上高5,911億円・経常利益397億円で、スタッフは約10万人であった。クリスタルは偽装請負で急成長し、買収と同じ2006年10月に中核子会社が大阪労働局から事業停止命令を受けていた。
内容
折口会長が根拠に据えたのは二つの数字であった。連結納税書に記された持株会社の経常利益397億円・純利益212億円と、サービス業の平均PER(株価収益率)27倍である。時価総額5,000億円相当の会社を1,300億円で買えるとして、現場の実態確認を省いた。買収資金871億円はほぼ全額が借入で用意された。
含意
2007年6月期の連結売上高は5,090億円へ3倍に膨らみ、従業員は4万9,206人になった。同時に自己資本比率は35.4%から2.6%へ下がった。折口会長は法令順守を「東証1部上場のわれわれが入って直せば済む話」と述べたが、是正は製造請負の縮小と収益の減少を伴った。
筆者の見解

二つの数字が測れなかったもの

折口雅博会長は、税務当局が検認した利益に信を置いた。未上場企業が利益を過大に見せる動機はないという読みは正しく、経常利益397億円という数字自体は疑う必要がなかった。連結納税書とPERの二つで買収額を決めた論法も、それ単体では筋が通っている。どちらの数字も、その397億円がどう生まれたかは示さなかった。利益は、実態が派遣でありながら契約を請負とする形式の上に載っていた。形式が崩れれば消える利益に、平均的な倍率をかけていた。

偽装請負を育てたのは、クリスタル一社ではなかった。派遣に切り替えれば安全管理責任と直接雇用の申し込み義務を負う発注側の製造業が、請負のままを望んでいた。折口会長が「ないに等しい」と見た管理の空白も、300社を競わせる仕組みと引き換えに生じていた。同じ構造を引き受けたなら、是正は誰の手でも収益の縮小を伴う。折口会長の1300億円、報じられた883億円、借入の871億円、林純一氏が受け取ったとされる500億円は、いまも揃わないままである。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

総合人材サービスで首位を目指す会社

グッドウィル・グループは1995年に軽作業の請負会社として設立され、1999年7月に株式を公開した。折口雅博会長は公開直後の講演で、人材ビジネス・アウトソーシング・医療福祉の三分野を挙げ、2010年に128兆円と試算される市場で「トップカンパニーになれる」と述べていた。2004年3月に東証1部へ上場し、2006年6月期の連結で売上高1,859億円、経常利益67億円、従業員1万855人を数えた[1][2]

拡大は買収で進めた。2004年に共同エンジニアリングとヒュー・マネジメント・ジャパンを子会社とし、2005年12月にフードスコープ、2006年7月にフジオーネ・テクノ・ソリューションズと日設グループ・コアを傘下へ入れた。折口会長は1999年の講演の質疑でも、買収と自前での立ち上げのどちらを採るかは「資金と時間の関係」で決めるとし、「方法は柔軟に考えている」と答えていた[3][4]

買収先クリスタルグループの成り立ち

相手のクリスタルグループは、1974年に京都市で「総合サービス」として設立され、工場の生産現場の業務を請け負う業務請負を中核に1990年以降急成長した。2006年3月期の連結売上高は5,911億円、経常利益は397億円で、最盛期の2005年度には売上高6,000億円・経常利益400億円に達した。オーナーの林純一氏は上意下達と信賞必罰を徹底し、約300社の子会社を競わせていた[5][6]

その急成長を支えたのは、実態は派遣でありながら契約形式を請負とする偽装請負である。ただし、それを望んだのは発注側の製造業でもあった。2003年の法改正で製造業務への派遣は解禁されたが、派遣に切り替えれば発注側にも労働者の安全管理責任と社会保険加入の確認義務が生じ、一定期間の経過後には直接雇用を申し入れる義務も発生する。請負ならいずれも生じない。2006年10月、大阪労働局は中核子会社のコラボレートへ、偽装請負を理由とする初の事業停止命令を出した[7][8]

決断

連結納税書とPERという二つの数字

話は投資ファンドの知人からの連絡で始まった。提案はマイナー出資であったが、折口会長は「これだけ巨大なグループをコントロールするのにマイナーでは無理」として最低51%を求め、結果として67%を持つ形に落ち着いた。オーナーの林純一氏には一度も会っていない。誰も内部に触れられない会社で、内容も分からないと認めたうえで、信頼できるものが二つあったと折口会長は語っている[9]

一つは連結納税書であった。持株会社の経常利益397億円・純利益212億円に対し、200億円近い税金を納めている。未上場企業が利益を過大に見せる動機はなく、税務署は厳しく見る。ならば数字は信用できる、という論法である。もう一つはPERであった。サービス業の平均PERを27倍とし、25倍で計算すれば利益210億円の会社の時価総額は5,000億円になる。「それを1300億円で買った」「これはもうノーリスク」と述べ、デューデリジェンスを行わずに買ったことを認めている[10]

金額とスキーム

金額をめぐる数字は資料の間で一致しない。報じられた買収金額は883億円で、有価証券報告書には「グッドウィル・プレミア買収資金として871億円」の借入が記されている。折口会長が語った1300億円は、ファンドを介した取得の全体を指すとみられる。関係者は、林純一氏が上場を条件に500億円で売ったと語っている。支払いの内訳は開示されていない。クリスタルの身売り話は1年前から業界各社に持ち込まれ、「無形の含み損」を嫌気されて引き取り手が現れずにいた[11][12][13]

取引には二つの投資ファンドが介在した。東証へ提出した改善報告書は、その理由を「クリスタルのオーナーが、同業他社への直接売却を形式的に回避したい意向があったため」と説明している。10月31日に実行した買収の開示は11月18日で、売上高が3倍になる案件を2週間以上開示せず、ファンドは連結子会社にならないと誤解していたと釈明している。株を直接取得したコリンシアンファンドには「その他投資家」が303億円を出資し、685億円の分配と株式24%を受けたとみられる[14]

結果

決算に現れた規模

2007年6月期の連結売上高は5,090億円となり、前期の1,859億円から3倍に膨らんだ。従業員は1万855人から4万9,206人へ、連結子会社は18社から79社へ増え、非連結子会社は11社から108社になった。同時に自己資本比率は35.4%から2.6%へ下がり、期末の短期借入金は1,680億円、のれんは642億円へ積み上がった[15][16]

同じ期の当期純損失は407億円に達した。会社の説明では、その主因はコムスンをはじめとする介護・医療支援事業の撤退に係る損失と、データ装備費の支払に備えた見込額の計上にある。減損損失は312億円に上った。クリスタル買収そのものが直接に生んだ損失ではない。ただし、買収資金871億円と短期借入金の純増1,090億円で財務の余裕を使い切った直後に、別の事業の問題が表面化している[17]

「直せば済む話」の行方

折口会長は、根本の問題は管理部門にあると見ていた。全社を横断的に見る機能が「ないに等しい」ため現場で法令順守が抜け落ちるとし、「東証1部上場のわれわれが入って直せば済む話」だと述べている。買収後、旧クリスタルは製造派遣と請負を大幅に縮小し、技術者派遣のシーテックを主軸に置き替えた。是正は事業の縮小と同時に進み、収益も落ちた。2005年度に400億円弱の経常利益を上げた会社が、2008年1月度には11億円の経常赤字を計上した[18][19]

資金の出し手も同じ時期に引き始めた。グループの資金の過半を融資してきたみずほ銀行は、2008年2月8日にクリスタル買収時の871億円と折口総研への271億円の債権をまとめて売却する入札を実施する模様と報じられた。取引銀行は前年秋までに債権を破綻懸念先へ分類していた。折口会長は2008年3月に辞任し、会社は2009年10月29日に上場廃止となった。旧クリスタル系の技術者派遣だけが残った[20][21]

出典・参考
  • 週刊東洋経済 2006年12月2日号「The Headline ニュース最前線M&A グッドウィル折口経営 “クリスタル喰い”の衝撃」
  • 週刊東洋経済 2007年1月13日号「SPECIAL INTERVIEW折口雅博 グッドウィル・グループ会長直撃「請負最大手クリスタルを1300億円で買った理由」」
  • 週刊東洋経済 2008年2月16日号「特集 雇用漂流 折口雅博氏が手を出した禁断の果実とは グッドウィル折口帝国崩壊! 自滅もたらした日雇い派遣」
  • 週刊東洋経済 2008年3月29日号「ニュース最前線02 人材サービス 内部資料が語る惨状 グッドウィルの茨道」
  • 週刊東洋経済 2013年9月27日号「【第2特集 激震! 派遣法改正】派遣会社は社会インフラになれるのか 業界の引きこもりが招いた 派遣制度、30年間の紆余曲折」
  • 証券アナリストジャーナル 1999年8月号 別冊付録「企業」グッドウィル・グループ(折口雅博会長講演、1999年7月15日)
  • グッドウィル・グループ 有価証券報告書(2006年6月期・連結)
  • グッドウィル・グループ 有価証券報告書(2007年6月期・連結)
  • ラディアホールディングス 有価証券報告書(2009年6月期・連結)

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