決断
技術者を正社員として抱えたまま、稼働しない期間の人件費を自ら負担してきた。1993年、顧客の製造業が研究開発費を減らすと契約が切れ、正社員の約半数にあたる約3,000名を削減して赤字に転落する。1997年には取締役会が緊急動議で創業者・関口房朗氏を解任し、新体制は同じ削減を繰り返さない方針を掲げた。不況期に稼ぐ事業を足すため2004年に日本ドレーク・ビーム・モリンを買収したが、好況で再就職支援の需要が縮み、2007年3月期に42億円ののれん減損を計上して2009年に譲渡した。2003年に始めた上海を拠点とする中国事業も、2019年の清算で幕を閉じる。2010年3月期は非稼働社員が2,300名に達し9億円の最終赤字となったが、人員は減らさなかった。景気耐性を別の事業で作る試みを二度とも断念したことが、技術者派遣1本へ資源を戻した。
2023年5月 メイテックグループHDへ改称
連結と提出会社の従業員数2023 2024 2026 提出会社従業員数(人) 8,331 0 0 子会社の従業員数(人) 4,708 13,489 13,190 2004年1月 ドレーク・ビーム・モリン買収
業績の推移2003 2004 2009 売上高(億円) 657 712 799 純利益率(%) 8.4 9.4 5.4 2003年9月 上海現地法人の設立
業績の推移2002 2003 2008 売上高(億円) 649 657 821 純利益率(%) 8.2 8.4 6.1