歴史概要 — 現在に至るあゆみ 主要な意思決定と帰結のまとめ
創業1997年3月、冨田英揮氏が名古屋市中区でディップを創業した。当初の事業はコンビニ店頭の端末から紙カタログを請求させる送付代行だったが、取り寄せる顧客行動はインターネットの広がりで細ると見切り、創業から1年で同じ端末を人材派遣の求人配信へ転用した。求職者を集める場を自前で握り、求人を出す企業から掲載料を取る広告モデルを、ここで選んだ。
決断リクルートが全雇用形態を総合媒体で押さえるなか、ディップは派遣とアルバイトという中堅セグメントへ資源を絞った。アルバイトの「バイトル」にテレビCMを業績の拡大より先回りして投じ、求職者の検索流入を競合より早く囲い込んだ。掲載企業が増えれば求職者が集まり、その求職者がさらに掲載を呼ぶ循環が回り出す。特化したことで広告費を一点へ集め、2018年2月期には営業利益率28.4%と、総合勢を上回る収益性を実現した。
API for AI Agents — 静的アセットのJSONで取得可能。API実行の認証不要
| Method | Path | 概要 | ディップ(証券コード2379)のURL | API仕様書 |
|---|---|---|---|---|
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| GET | https://the-shashi.com/api/{stock_code}/history.json | 歴史概略 | openapi.yaml | |
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歴史詳細 - 1つの時代区分で読み解く
1997年〜2003年 マルチメディア端末から始まったベンチャー創業
名古屋発のコンビニ端末事業者として誕生した出発
1997年3月、冨田英揮氏は愛知県名古屋市中区にディップ株式会社を設立した。創業時の事業目的は、コンビニエンスストア店頭に設置されたマルチメディアステーション端末を媒介とした「無料カタログ送付サービス」の運営である。1990年代後半の日本のコンビニチェーンは、店内端末を介して顧客に紙メディアを橋渡しする実験を競って繰り広げ、各種カタログを請求できる仕組みの運営事業者が複数の事業者として並走していた。冨田氏が選んだのは、この端末ネットワークを情報インフラと見立て、人材という商材をその仕組みに組み込む構想であり、設立翌年の1998年5月に本社を東京都渋谷区へ移すと同時に、同じ端末を使った「人材派遣お仕事情報サービス」を開始した。
設立から人材領域へ事業転換するスピードは速かった。コンビニ端末によるカタログ送付の市場規模は限定的で、紙カタログを取り寄せる顧客行動はインターネット普及で縮小していた。一方で、人材派遣業界は1986年の労働者派遣法施行から1990年代を通じて市場規模を拡大し、1999年の派遣業務原則自由化(ネガティブリスト方式への転換)で派遣会社数が急増する局面に入っていた。冨田氏はカタログ請求の仕組みを派遣業務の求人情報配布へ転用する判断を下し、創業から1年余りで主力事業を人材情報へ切り替えた。コンビニ端末という当時の最先端のチャネル発想が、結果的に「労働市場の情報インフラ」という今日の同社の自己定義を準備した。
インターネットへの軸足移動と「はたらこねっと」「バイトル」の誕生
2000年5月、ディップは本社を東京都千代田区へ移し、同年10月にインターネットによる派遣社員の求人情報サービス「はたらこねっと」を開始した。コンビニ端末経由でカタログを請求する顧客行動から、自宅のパソコンで派遣求人を検索する顧客行動への切り替えを、創業3年で完遂した。1999年から2000年にかけての日本は、ADSL普及前夜でインターネット接続率が伸び、Yahoo! JapanやGoogleの一般化、楽天市場(1997年開設)の急成長など、ネットメディア事業者の創業ブームが続いていた。リクルートが「FromA」「とらばーゆ」「B-ing」などの紙媒体で求人広告市場を抑える環境のなか、ディップはインターネット専業の求人サイトとして派遣・アルバイト領域に立ち位置を絞った。
2001年2月、はたらこねっと上にアルバイト情報の提供を開始すると、2002年10月にはアルバイト部門を独立サイトとして切り出し「バイトルドットコム」(現バイトル)を開設した。派遣の「はたらこねっと」とアルバイトの「バイトル」という二枚看板で、雇用形態別に求職者を仕分けるサイト設計を取った。2001年9月の大阪オフィス開設、2003年3月の東京都港区への本社移転と、人員規模に応じて拠点を整え、創業から6年で派遣・アルバイト領域の中堅プレイヤーとしての足場を固めた。リクルート系の総合求人サイトが広告露出を独占するなか、ディップは「派遣・アルバイトに特化した専業」というポジションで市場に切り込んだ。
以降は執筆中