1995年〜 軽作業請負からの離陸と持株会社への組み替え
- 1995年軽作業に特化した請負業を事業目的として株式会社グッドウィルを東京都新宿区西新宿に設立
- 1995年東京都新宿区の新宿支店で営業を開始
- 1997年人材派遣業へ進出するため株式会社アール・ティー・シーの全株式を取得し、株式会社グッドウィル(現グッドウィル・キャリア)へ社名変更
- 1997年介護ビジネス参入のため株式会社コムスンに資本参加し、関連会社とした
- 1997年事業多角化のため株式会社サイク(後のグッドウィル・コミュニケーション)の全株式を取得
- 1999年グループ各社に対する持株会社機能を明確にするため、社名をグッドウィル・グループ株式会社へ変更
- 1999年関連会社の株式会社コムスンを子会社化
グッドウィル・グループの業績推移:単体
出所:有価証券報告書等
資本金1000万円から4年半で売上113億円へ
1995年2月、軽作業に特化した請負業を事業目的として株式会社グッドウィルが東京都新宿区西新宿に設立された。資本金は1000万円で、役職員は5人、事務所はマンションの一室だった。創業者の折口雅博は1961年生まれで、防衛大学校の理工学専攻を卒業して日商岩井に中途入社し、大型ディスコ「ジュリアナ東京」の運営を手がけた経歴を持つ。会社の出発点にあったのは、荷物の積み下ろしや棚卸しといった、工場や倉庫で発生する短時間の作業を請け負う事業である。設立の翌月には新宿支店で営業を始めている。 [1][2][3][4]
- ラディアホールディングス 有価証券報告書 第15期(2009年6月期)【沿革】
- [1]1995年2月、軽作業に特化した請負業を事業目的として資本金1000万円で株式会社グッドウィルを東京都新宿区西新宿七丁目に設立
- [4]1995年3月に東京都新宿区(新宿支店)で営業を開始
- [2]折口は講演で「4年半前に資本金1,000万円、役職員5人、マンションオフィスでスタートした」と述べている
- 週刊東洋経済 2007年6月23日号「スペシャルリポート01 コムスン問題だけではないもはや四面楚歌「折口帝国落日」」
- [3]折口雅博は防衛大学校卒業後に日商岩井へ中途入社し、「ジュリアナ東京」など大型ディスコを手がけた後、1995年にグッドウィルを設立した
事業の拡張は、自前で部門を起こす方法と、会社を買う方法の両方で進んだ。1996年には本支店間を広域ネットワークで結ぶ業務管理情報システム「CONGA」と、新規顧客開拓のテレマーケティングシステム「CAITAC」を整えている。1997年には方向の異なる三つの手を同じ年に打った。2月に株式会社アール・ティー・シーの全株式を取得して人材派遣業へ進出し、3月に株式会社コムスンへ資本参加して介護ビジネスに足を入れ、6月に事業多角化のため株式会社サイクを取得している。同年7月には建設・内装現場に特化したコンストラクション事業部、8月にはセールスプロモーションと市場調査に特化したSPエール事業部を発足させた。こうして労働力を供給する先は、設立から2年半で請負・派遣・介護・通信販売支援の四つに増えた。 [5][6][7]
- ラディアホールディングス 有価証券報告書 第15期(2009年6月期)【沿革】
- [5]1996年1月に業務管理情報システム「CONGA」を構築し、同年8月にテレマーケティングシステム「CAITAC」を開発
- [6]1997年2月にアール・ティー・シーの全株式を取得して人材派遣業へ進出、3月にコムスンへ資本参加して関連会社化、6月にサイクの全株式を取得
- [7]1997年7月にコンストラクション事業部(建設・内装現場作業に特化)、8月にSPエール事業部(セールスプロモーション・市場調査に特化)を発足
4年5か月後の1999年6月期は、連結で売上高113億円、経常利益10億円の見込みとなった。折口は同年7月の証券アナリスト協会での講演で、この成長を「知恵と情熱」によるものと説明している。ただし同じ講演で、参入した市場の性質についても率直に述べていた。「当社の発足当時、軽作業のアウトソーシングの分野では、おそらく全国100社以上の会社があり、また実際に既に売上が月十億円規模の会社もあった」うえで自社が短期間で首位に立てたとしつつ、「軽作業の分野は、売上高数十億円の会社しかなかったので、やりやすかったということはある」とも認めている。短期間で首位に立てたのは、その分野に売上高数十億円を超える相手が一社もいなかったからである。 [8][9][10]
- [8]4年5か月後の1999年6月期連結決算で売上高113億円・経常利益10億円(見込み)を達成。設立時は資本金1000万円・役職員5人・マンションオフィスだった
- [9]折口は成長の理由を「知恵と情熱」と述べ、特別なヒット商品があったわけではないと説明した
- [10]折口は講演で、発足当時の軽作業アウトソーシング分野には全国100社以上があり月商十億円規模の会社も存在したと述べ、同時に「軽作業の分野は、売上高数十億円の会社しかなかったので、やりやすかった」とも認めた
- ラディアホールディングス 有価証券報告書 第15期(2009年6月期)【沿革】
- [1]1995年2月、軽作業に特化した請負業を事業目的として資本金1000万円で株式会社グッドウィルを東京都新宿区西新宿七丁目に設立
- [4]1995年3月に東京都新宿区(新宿支店)で営業を開始
- [5]1996年1月に業務管理情報システム「CONGA」を構築し、同年8月にテレマーケティングシステム「CAITAC」を開発
- [6]1997年2月にアール・ティー・シーの全株式を取得して人材派遣業へ進出、3月にコムスンへ資本参加して関連会社化、6月にサイクの全株式を取得
- [7]1997年7月にコンストラクション事業部(建設・内装現場作業に特化)、8月にSPエール事業部(セールスプロモーション・市場調査に特化)を発足
- [2]折口は講演で「4年半前に資本金1,000万円、役職員5人、マンションオフィスでスタートした」と述べている
- [8]4年5か月後の1999年6月期連結決算で売上高113億円・経常利益10億円(見込み)を達成。設立時は資本金1000万円・役職員5人・マンションオフィスだった
- [9]折口は成長の理由を「知恵と情熱」と述べ、特別なヒット商品があったわけではないと説明した
- [10]折口は講演で、発足当時の軽作業アウトソーシング分野には全国100社以上があり月商十億円規模の会社も存在したと述べ、同時に「軽作業の分野は、売上高数十億円の会社しかなかったので、やりやすかった」とも認めた
- 週刊東洋経済 2007年6月23日号「スペシャルリポート01 コムスン問題だけではないもはや四面楚歌「折口帝国落日」」
- [3]折口雅博は防衛大学校卒業後に日商岩井へ中途入社し、「ジュリアナ東京」など大型ディスコを手がけた後、1995年にグッドウィルを設立した
1999年に置かれた三つの前提と市場の見立て
1999年は、この会社の枠組みが決まった年にあたる。5月にグループ各社への持株会社機能を明確にするため社名をグッドウィル・グループ株式会社へ変更し、7月7日に日本証券業協会へ店頭売買有価証券として登録した。同じ7月に、関連会社だったコムスンを子会社化している。グループ各社を子会社として抱える持株会社が、公開市場から直接資金を調達する。その経路が、5月と7月の二つの手続きで開いた。登録までに要した期間は、創業から4年5か月である。折口は社名変更の理由を「私共の会社はグループで見ていただきたいと思ったから」と述べている。 [11][12]
- ラディアホールディングス 有価証券報告書 第15期(2009年6月期)【沿革】
- [11]1999年5月に持株会社機能を明確にするため社名をグッドウィル・グループ株式会社へ変更し、7月7日に日本証券業協会へ店頭売買有価証券として登録、同月にコムスンを子会社化
- [12]折口は社名変更の理由を「私共の会社はグループで見ていただきたいと思ったからである」と説明した
登録の直前には、事業環境の側でも二つの変化が起きていた。ひとつは労働者派遣法の改正である。1985年に13業務で合法化された派遣は1996年に26業務へ広がり、1999年6月30日に対象業務が原則自由化された。折口はこの改正を講演で「大きなチャンス」と表現し、それまで量のまとまる派遣がOLに限られていたのに対し、営業職や管理職、経営者の派遣もできるようになったと説明している。もうひとつは介護保険制度で、翌2000年4月の施行が決まっていた。労働市場では規制が緩み、介護市場では公費で新しく需要が生まれる。二つの変化が、店頭登録の前後に相次いだ。 [13][14]
- 週刊東洋経済 2013年9月27日号「派遣会社は社会インフラになれるのか 業界の引きこもりが招いた 派遣制度、30年間の紆余曲折」
- [13]労働者派遣法は1985年に成立し当初13業務、1996年に26業務へ拡大、1999年に対象業務が原則自由化された
- [14]折口は1999年6月30日の派遣法改正で原則自由となったことを「大きなチャンス」と述べ、従来はOLの派遣しか量がまとまらなかったが営業マン・管理職・経営者の派遣もできるようになったと説明した
講演で折口が示した見通しは、市場規模の大きさから自社の到達点を逆算するものだった。通商産業省の試算を引いて、人材ビジネス・アウトソーシング・医療福祉の3領域を合計すると2010年に128兆円になり、情報産業の126兆円に匹敵すると述べている。うち医療福祉が91兆円で最大であり、その領域に1兆円企業が1社もないと指摘した。そのうえでコムスンの目標を「2010年の段階でシェア10%をとってトップカンパニーになること」「売上は5,000億円」と置いた。同時に、この事業の性質についてこう説明している。「しかも在庫も、巨額の投資も必要ない」「安定して、タラレバのないビジネスであるという強みがある」「大きな振れのリスクも少なく、安定成長が期待できる」。1999年6月期の売上高113億円の会社が、11年後に売上5000億円の介護事業を持つという見通しである。 [15][16][17]
- [15]折口は通産省試算として人材ビジネス・アウトソーシング・医療福祉の3領域合計が2010年に128兆円、情報産業が同時期126兆円、うち医療福祉が91兆円で1兆円企業が1社もないと述べた
- [16]コムスンの目標を2010年時点でシェア10%・売上5000億円と置いた
- [17]折口は在宅介護・人材アウトソーシングを「在庫も、巨額の投資も必要ない」「安定して、タラレバのないビジネスであるという強みがある」「大きな振れのリスクも少なく、安定成長が期待できる」と説明した
- ラディアホールディングス 有価証券報告書 第15期(2009年6月期)【沿革】
- [11]1999年5月に持株会社機能を明確にするため社名をグッドウィル・グループ株式会社へ変更し、7月7日に日本証券業協会へ店頭売買有価証券として登録、同月にコムスンを子会社化
- [12]折口は社名変更の理由を「私共の会社はグループで見ていただきたいと思ったからである」と説明した
- [14]折口は1999年6月30日の派遣法改正で原則自由となったことを「大きなチャンス」と述べ、従来はOLの派遣しか量がまとまらなかったが営業マン・管理職・経営者の派遣もできるようになったと説明した
- [15]折口は通産省試算として人材ビジネス・アウトソーシング・医療福祉の3領域合計が2010年に128兆円、情報産業が同時期126兆円、うち医療福祉が91兆円で1兆円企業が1社もないと述べた
- [16]コムスンの目標を2010年時点でシェア10%・売上5000億円と置いた
- [17]折口は在宅介護・人材アウトソーシングを「在庫も、巨額の投資も必要ない」「安定して、タラレバのないビジネスであるという強みがある」「大きな振れのリスクも少なく、安定成長が期待できる」と説明した
- 週刊東洋経済 2013年9月27日号「派遣会社は社会インフラになれるのか 業界の引きこもりが招いた 派遣制度、30年間の紆余曲折」
- [13]労働者派遣法は1985年に成立し当初13業務、1996年に26業務へ拡大、1999年に対象業務が原則自由化された