- 創業
- 1974年7月、関口房朗氏が資本金100万円で名古屋技術センターを名古屋市に設立し、1977年に三菱重工業の航空機開発へ技術者を常駐させる形を作った。1984年にメイテックへ改め1987年に名古屋証券取引所第二部へ上場したが、1997年7月に取締役会が創業者を解任し、23年の関口体制はそこで切れた。
- 登用
- 解任後の社長は西本甲介氏・國分秀世氏・上村正人氏の3人で、生え抜き一色ではない。國分秀世氏は1982年入社、厚木のソリューションセンター長から派遣事業グループCEOを通った生え抜きだが、上村正人氏は埼玉銀行からりそなホールディングス財務部を経て2007年に経営情報部長として入った外部出身である。
- 任期
- 創業者の関口房朗氏が23年、後を継いだ西本甲介氏が15年と、長期政権が二代続いた。國分秀世氏は10年、2024年4月に就いた上村正人氏は2年目である。上位株主が信託銀行で占められ、交代を促す支配株主が不在であることも、在任が長く伸びた一因と思われる。
- 含意
- 2023年10月の持株会社移行でグループCEOは財務畑の上村正人氏が握り、総還元性向100%以内・配当性向50%以上という還元の規則を定めた。事業会社メイテックの社長には2025年1月に創業者の長男である関口晃介氏が就き、資本の配分と技術者派遣の現場を別の出自の2人で分けている。
| 氏名 | 社長在任期間 退任年は推定 | 在任年数 推定 | 状況 | 出自 | 役職 | 在任中の決断 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 西本甲介 | 1999〜2014年 | 15年 | 退任 | — | 代表取締役社長 | 決断2003年上海現地法人の設立による中国エンジニア育成・供給事業への進出2004年不況期の収益源を求めた日本ドレーク・ビーム・モリンの買収 |
| 國分秀世 | 2014〜2024年 | 10年 | 退任 | 生え抜き | 代表取締役社長 | 決断2023年持株会社体制への移行と総還元性向100%を原則とする利益配分 |
| 上村正人 | 2024年〜現任 | 3年 | 現任 | — | 代表取締役社長 グループCEO |