パソナグループの決断社史:経営の意思決定を振り返る

更新:

決断

本業をいったん子会社へ移してから、資本市場に載せた。1990年代に南部靖之氏が広げた海外ブランド品のアウトレットと神戸の複合商業施設が本業の利益を侵食し、資金繰りへの憶測が広がった。2000年6月、人材派遣の本業を子会社へ移管して同社をパソナと改称し、旧本体は創業者の資産管理会社へ退いた。2001年12月に大証ナスダック・ジャパンへ上場したのち買収で規模を積み、連結売上高はFY11の1,815億円からFY18の3,270億円へ1.8倍になったが、営業利益率は1.2%から2.9%までしか上がらなかった。2017年にオアシスによる上場子会社整理の要求を退けた創業者は、2024年5月にベネフィット・ワンの全保有株を第一生命へ譲渡している。多角化で傷んだ財務を本業の切り出しで直した会社が、24年後には本業の外で育てた子会社の譲渡で財務を直した。

免責事項およびポリシー