「A Better Pasona」への応答——オアシスの経営改善要求と南部体制の維持
「大手派遣で最も収益性が低い」と突く物言う株主に、創業者の求心力で築いた経営はどう応えたか
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- 概要
- 2017年11月、香港のオアシス・マネジメントがパソナグループ株の約4.8%を保有したうえで特設サイト「A Better Pasona」を開き、公開書簡で経営改善を迫った。オアシスは同社を「国内の大手人材派遣企業のなかで最も収益性が低い1社」と指弾し、成長領域への投資、コスト管理、ガバナンスの刷新を求めた。パソナは創業者・南部靖之氏の体制を崩さず、翌2018年8月の株主総会で期待された株主提案は不発に終わった。
- 背景
- 矢継ぎ早の買収で連結売上は伸びる一方、営業利益率は大手他社に見劣りする低水準にとどまり、株価も低迷していた。ベネフィット・ワンなど複数の上場子会社を抱え、その保有株の価値が本体の時価総額を上回る親子上場の逆転が起きていた。
- 内容
- オアシスは取締役会へ提案書を送ったが、面談も十分な回答も得られなかったとして公開キャンペーンに踏み切った。パソナは対話に応じず、上場子会社の長期保有とグループのシナジーを重んじる方針を維持した。
- 含意
- 子会社の含み価値とガバナンスという論点は決着せずに残った。2023〜2024年にパソナがベネフィット・ワンを第一生命へ売却して要求の一部に応じる形となり、2024年7月にはオアシスが再びパソナ株の5.02%を取得した。
守り抜いた経営と、残された宿題
この一件の核心は、財務の危機でも不祥事でもなく、低収益と含み価値を突かれた創業経営が、外部の要求にどこまで応じるかという選択にあった。オアシスの診断——投資の偏り、コスト管理の甘さ、機能を止めたガバナンス——は、規模の拡大を優先してきた南部式経営の弱点を的確に射抜いていた。それでもパソナは対話の場を開かず、上場子会社を抱えたままの体制を守り抜いた。創業者の求心力で会社をまとめてきた企業にとって、外部の株主の論理を容れることは、経営の主導権を手放すことと地続きに見えたのだろう。株主提案が不発に終わったことは、その防衛が短期的には成功したことを示している。
もっとも、突きつけられた宿題そのものが消えたわけではない。子会社の含み価値をどう株主へ解き放つかという問いは、数年後にベネフィット・ワンの第一生命への売却という形で、パソナ自身の手で答えられることになる。物言う株主の要求を退けた経営が、時間を置いて要求の一部を自ら実行したこの経緯は、アクティビズムが即座の勝敗では測れないことを物語る。親子上場の含み価値と創業家支配をどう両立させるか——2017年にオアシスが投げた問いは、その後のパソナの資本政策を長く規定していくことになった。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
買収で膨らんだ売上と、置き去りの収益
パソナグループは1976年に南部靖之氏が創業した人材派遣会社を母体とし、南部氏個人と資産管理会社で約4割超の株式を握る創業家支配の会社である。2000年代以降、派遣やBPOの子会社を年に数件のペースで買収し、連結売上は着実に伸ばしてきた。だが取り込んだ会社は親会社向けの特命案件が多く、原価を下げる余地に乏しい。2017年5月期の連結売上は2,804億円に達したのに営業利益は45億円、率にして1.6%にとどまり、最終損益はほぼ均衡というありさまであった。利益率で先を行くリクルートやパーソルと比べ、規模の拡大が収益に結びつかない体質が、低い株価となって表れていた[1]。
上場子会社の含み価値と親子上場の逆転
収益の低さと並んで市場が注目したのは、パソナが抱える上場子会社の価値であった。福利厚生代行のベネフィット・ワンは2004年にジャスダックへ店頭登録し、のちに東証一部へ移って国内2位の地位を築いていた。パソナはその過半の株式を保有していたが、本体の時価総額は、保有するベネフィット・ワン株の値打ちのおよそ半分にすぎない水準まで沈んでいた。子会社株の価値が親会社の企業価値を上回るこの逆転は、市場が本体の派遣・BPO事業をほとんど評価していないことを意味した。含み価値をどう株主へ解き放つかが、資本市場からの問いとして突きつけられていた[2]。
決断
「A Better Pasona」の公開書簡
2017年11月9日、香港を拠点とするオアシス・マネジメントが動いた。運用するファンドを通じてパソナ株の約4.8%を実質保有し、少数株主のなかでは大口の一角である。同社は「A Better Pasona」と題した特設サイトを開設して公開書簡を掲げ、パソナを国内の大手人材派遣企業のなかで現在最も収益性が低い1社だと名指しした。歴史も専門性も規模も備えながら、その利益率が業界で最も低いという指摘は、規模の拡大を掲げてきた創業経営への正面からの批判であった[3][4]。
オアシスは低収益の原因を三つに整理した。日本の人材派遣業界で高収益・高成長の領域へ十分に投資してこなかったこと、社内にコスト管理の意識が欠けていること、そしてガバナンス体制が機能を止めていることである。この診断のうえに、成長領域への経営資源の再配分、厳格なコスト管理、独立性を伴うガバナンスの刷新を求めた。公開書簡の当日、市場はこの提案を好感し、パソナ株は一時12%高まで急騰した。低収益と低株価に不満を抱えていた投資家の期待が、物言う株主の登場で一気に表に出た格好であった[5][6]。
南部体制を崩さなかった対応
パソナの対応は、要求への歩み寄りではなかった。オアシスは以前から取締役会へ提案書を送っていたが、本書簡の時点に至るまで、取締役と会って建設的な対話をすることも、提案に対する十分な回答を得ることもできなかったという。会社は対話の場を開かないまま、上場子会社を長期に保有してグループ全体のシナジーを引き出すという従来の方針を崩さなかった。「パソナといえば南部」と評されてきた創業者の求心力に支えられた経営を、外部からの圧力の前でそのまま守り抜く構えであった[7]。
結果
総会後に残る論点と、物言う株主の再来
公開キャンペーンから9カ月後の2018年8月、パソナの株主総会に市場の視線が集まった。経営体制の見直しにつながる株主提案が出るとの期待がふくらんでいたためである。しかし総会でそうした株主提案はなく、南部体制は揺らがなかった。材料が出尽くしたとみた個人投資家からは失望売りが出て、株価は総会後に一時、前日比127円(7%)安の1,747円まで下げた。物言う株主の要求は、経営を動かす具体的な提案の形へは結実しなかった[8]。
だが子会社の含み価値とガバナンスという論点そのものは、決着せずに残った。ベネフィット・ワンの時価総額はその後もパソナ本体を上回る状態が続き、資本市場の評価と創業経営の方針との溝は埋まらなかった。転機は数年後に訪れる。2023年から2024年にかけてパソナがベネフィット・ワンを第一生命へ売却し、子会社の価値を現金として実現させると、2024年7月にはオアシスが再びパソナ株の5.02%を取得し、重要提案行為を目的に掲げて開示した。2017年に投げかけた問いが、形を変えて戻ってきた[9]。