パソナグループによるベネフィット・ワンの第一生命への売却

稼ぎ頭の上場子会社を手放すか、抱え続けるか——親子上場の歪みと1,200億円の使途をめぐる選択

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時期 2024年2月
意思決定者 南部靖之・取締役会 グループ代表
論点 親子上場の解消と資本効率
概要
2024年、パソナグループは連結で最大の稼ぎ頭だった上場子会社ベネフィット・ワンを第一生命ホールディングスへ手放した。医療情報のエムスリーとの争奪の末、第一生命が1株2,173円でTOBを実施。パソナが握る51.16%分は、ベネフィット・ワンによる自己株式取得を使い、税務メリットを一般株主のTOB価格に還元する形で譲渡した。パソナは連結で約1,120億円の売却益を得た。
背景
ベネフィット・ワンはパソナの社内ベンチャーから育ち、2004年に店頭登録した福利厚生代行の上場子会社である。その時価総額はやがて親会社パソナ本体を上回り、親子上場の逆転と低いPBRを生んだ。2017年には香港のオアシス・マネジメントが上場子会社の整理と株主還元を迫っていた。
内容
2023年11月にエムスリーがベネフィット・ワンへ対抗TOBを仕掛け、争奪戦となった。第一生命は買付価格を1,800円から2,173円まで引き上げ、2024年2月にパソナと合意。パソナはTOBに応募せず、株式併合で少数株主を締め出したうえで、ベネフィット・ワンの自己株式取得に応じて全保有分を売却した。
含意
2024年5月、ベネフィット・ワンは第一生命の完全子会社となった。売却益は成長投資と株主還元に配分されたが、稼ぎ頭を失った翌期に連結は営業赤字へ転落し、2024年7月にはオアシスがパソナ株を再取得した。子会社の価値を実現した先の資本配分が、あらためて問われている。
筆者の見解

抱え続けた稼ぎ頭を、なぜ今手放したか

この決断の核心は、20年近く抱えてきた親子上場の歪みを、創業者みずからが解いた点にある。2017年にオアシスが求めた「上場子会社の整理」を、南部靖之は当時退けた。それを6年を経て、稼ぎ頭ベネフィット・ワンの売却という形で自ら実行したことになる。取引の設計にも目を引くところがある。パソナの保有分を自己株式取得に回し、みなし配当の益金不算入で生じる税務メリットを一般株主のTOB価格へ還元したのは、親会社の取り分を最大化するだけの売り抜けとは一線を画す、少数株主への配慮を組み込んだ組み立てだった。エムスリーとの争奪が価格をつり上げたことも、結果として売り手と一般株主の双方に働いた。

とはいえ、価値を現金へ換えたあとに何が残るかは、これからの問いである。ベネフィット・ワンを失ったパソナは翌期に連結営業赤字へ転落し、本業の派遣・BPOはリクルートやパーソルとの規模差を広げられ、淡路島を軸とする地方創生は黒字化の道筋を描けていない。約1,120億円をどこへ配るのか——本業の立て直しか、新領域への投資か、それとも株主への大きな還元か。売却の直後にオアシスがふたたび株を買い増したことは、子会社の価値実現が資本効率をめぐる緊張の終点ではなく、本体そのものへ問いが向き直る起点になったことを示している。売った稼ぎ頭に代わる収益の柱を自力で立てられるかどうかに、この決断の評価はかかっている。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

社内ベンチャーが育てた稼ぎ頭と親子上場の逆転

ベネフィット・ワンは、パソナが1996年に社内ベンチャー第1号「ビジネス・コープ」として立ち上げた会社を母体とする。企業に代わって従業員の福利厚生を一括で請け負う事業が伸び、2004年9月に日本証券業協会へ店頭登録し、2006年に東証二部、2018年には東証一部へと上場市場を上げていった。福利厚生アウトソーシングではリログループに次ぐ国内2位の地位を築き、パソナグループのなかでは派遣・BPOの本業をしのぐ高い利益率を稼ぐ子会社へ育った[1][2]

高収益の上場子会社を抱えたことは、親会社にねじれを生んだ。ベネフィット・ワンの時価総額はやがて親会社パソナグループ本体を上回り、市場では派遣・紹介・BPOを担うパソナ単体の事業価値がほとんど評価されない状態に近づいた。パソナはベネフィット・ワン株の51.16%(81,210,400株)を握る親会社でありながら、その株価はほぼ子会社の持ち分価値で説明されてしまう。親子上場の逆転と低いPBRが、資本市場からの圧力の源になっていった[3]

物言う株主オアシスの要求

この歪みに最初に切り込んだのが、香港の物言う株主だった。2017年、オアシス・マネジメントがパソナグループの低い株価と収益性に公然と注文をつけ、ベネフィット・ワンをはじめとする上場子会社の保有を整理し、株主還元を厚くするよう求めた。だが創業者の南部靖之はベネフィット・ワンを長期に保有してグループのシナジーを高める方針を崩さず、2018年の株主総会でオアシスの株主提案は否決された。上場子会社の価値をどう扱うかという宿題は、決着しないまま残った[4]

決断

エムスリーとの争奪と第一生命の2,173円

局面が一変したのは2023年秋である。まず医療情報のエムスリーが、2023年11月14日にベネフィット・ワンへTOBを仕掛けた。親会社パソナが握る51.16%を取得し、ベネフィット・ワンを連結子会社に取り込む狙いだった。ここへ第一生命ホールディングスが対抗提案で加わり、争奪戦となる。第一生命は1株1,800円を前提とした当初提案から価格を段階的に引き上げ、2,123円を経て2,173円まで積み増したうえで、2024年2月にパソナとの合意にこぎ着けた。買収戦を制したのは第一生命だった[5][6]

自己株式取得スキームと税務メリットの還元

パソナの保有分をどう手放すかに、この取引の工夫があった。パソナはTOBに応募しない。第一生命がまず一般株主から株式を買い集め、株式併合で少数株主を締め出したのち、ベネフィット・ワンがパソナの保有分を自己株式取得で買い取る、という三段の組み立てである。自己株式取得にすると、法人税法のみなし配当に益金不算入の規定が働き、パソナに税務メリットが生じる。第一生命はこの利得を親会社パソナだけに残さず、一般株主へのTOB価格へ上乗せする形で配分し、買付価格の最大化と株主間の公平を両立させた[7][8]

結果

完全子会社化と巨額の売却益

2024年3月にTOBが成立し、続く株式併合と自己株式取得の手続きを経て、2024年5月23日にベネフィット・ワンは第一生命の完全子会社となった。パソナは同日、握り続けてきた51.16%の全保有分を手放した。稼ぎ頭の売却で得た利益は大きく、パソナグループの2024年5月期の連結の親会社株主に帰属する当期純利益は、前期の61億円から959億円へ跳ね上がった。個別決算では約1,200億円の特別利益を計上している。社内ベンチャーが生んだ子会社の価値を、一度に現金へ換えた決算だった[9][10]

売却益の使途と、戻ってきた物言う株主

手にした資金を何に充てるかが、次の焦点になった。パソナは連結で約1,120億円の売却益を、2030年5月期までに成長投資へ650億円、経営基盤の強化へ300億円、株主還元へ170億円と配分する方針を示した。成長投資には人材事業の基幹システム刷新や淡路島の新ホテル開発を挙げた。大きく株主へ還元するのか、本業や新領域の成長へ投じるのか——稼ぎ頭を失ったパソナの「子離れ」の巧拙を占う配分として、市場の関心が集まった[11][12]

もっとも、稼ぎ頭を手放した反動は早くに表れた。ベネフィット・ワンを外した2025年5月期のパソナグループは、連結売上高が3,092億円へ減り、営業損益は12億円の赤字、当期損益も87億円の赤字と、上場以来はじめての連結営業赤字に沈んだ。そして2024年7月29日、かつて上場子会社の整理を迫ったオアシス・マネジメントが、重要提案行為を目的にパソナ株の5.02%を取得したことを明らかにした。子会社の価値を実現した先で、資本効率をめぐる圧力が本体へ戻ってきた[13][14]

出典・参考