ピジョン 国立病院機構の保育受託 院内託児の一括請負による新規事業の柱づくりと、14年後の撤退

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時期 2004年4月
論点 少子化下の多角化と保育事業の採算
何をなぜ決めたか
概要

2004年4月、ピジョンが独立行政法人へ移行した国立病院機構の院内保育施設の運営を一括受託し、育児用品に次ぐ事業として保育へ本格参入した経営判断。従前の保育士600人余りを転籍で引き受けての参入であり、一括受託は2018年3月の契約満了まで14年続いた。

背景

出生数の減少で国内の育児用品市場は縮み、ピジョンは1998年1月期・1999年1月期と2期続けて減収減益に陥っていた。1993年に始めていた子育て支援サービスは、赤ちゃんという同じ顧客を商品からサービスへ横に伸ばせる領域にあたった。

内容

国立病院機構の院内保育施設を一括で受託した。施設数は有価証券報告書が113箇所、同時代の週刊東洋経済が116園(2004年7月時点の記事では115カ所)と記して食い違う。2005年7月の中期経営計画では保育・託児分野で圧倒的なナンバーワンになると宣言し、公設民営の認可保育園へも広げた。

含意

練馬区立光が丘第八保育園では受託3か月で保育士26人のうち8人が退職し、2006年3月に区から改善勧告を受けた。事業は2018年1月期に売上高75億41百万円まで伸びたがセグメント利益は2億18百万円にとどまり、第6次中期経営計画はこの事業だけ売上目標を引き下げた。

いつ何が起きたか 8件
筆者の見解
筆者の見解

安く請け負えたからこそ成り立った事業

100を超える院内保育施設と、そこで働いていた600人余りの保育士を、ピジョンは一度に引き受けた。出生数が減り続ける以上、赤ちゃんという同じ顧客を商品以外の形で抱える先を探した判断そのものは、当時の条件では理にかなっていたと思われる。誤算は保育の需要を読み違えたことではなく、この事業の採算が働き手の賃金でしか作れない構造にあった。委託法人が3年ごとの公募で入れ替わる仕組みのもとでは、人に投じた費用を回収する時間が最初から与えられていなかった。

もっとも、この14年をピジョンの側からだけ測ると見落とすものがある。一括受託によって職を失わずに済んだ600人余りの保育士は、その代わりに賞与が半分以下へ減り、50歳代では年収が50万円以上下がった。安く請け負えたからこそ成り立った事業であり、松村誠一社長が掲げた5年後に80億円という目標にも、14年かけて届かなかった。参入も撤収も、現場で働く人の入れ替わりを前提にしていた点では変わらない。保育を商品と同じ手つきで扱えると考えたところに、この判断の限界があったのだろう。

Yutaka Sugiura, 2026年8月

業績の推移
同じ問いに直面した会社

同じ問いに直面した会社

雇用の維持2005年三越大阪・枚方・倉敷を含む不採算店の整理と早期退職の実施、新設合併による連結欠損金の一掃不採算店の閉鎖と人員削減、含み益による財務の清算
2007年グッドウィル・グループ指定取消相当の通知を受けての介護事業からの全面撤退介護事業からの全面撤退と譲渡条件の設計
2021年青山商事コロナ禍での159店の統廃合と、創業以来初の希望退職不採算店舗・人員・非中核事業の整理
2023年そごうコンビニ集中のための百貨店切り離し非中核事業の切り離し(百貨店の売却)
1957年UBE祖業を畳んだうえでの約7,000名の他部門への配置転換祖業からの撤退と雇用の再配置
事業の売却と撤退2007年オンキヨーパソコン事業への参入と、量販店向け販売からの撤退音響専業からの隣接領域への多角化
1993年第二電電米本社への218億円の出資と、2000年に終わった事業からの撤退衛星携帯電話への出資と撤退
1990年近鉄グループホールディングス巨額投資と建物の全額評価減リゾート新規事業投資の採算と、鉄道事業に次ぐ収益源の確保
1989年日亜化学工業赤色系LEDの量産競争からの撤退と、窒化ガリウムという材料への賭け新規事業の材料選択と研究開発投資
2007年HOYA買収による事業ポートフォリオの入れ替えと収益源の組み替え事業ポートフォリオの入れ替え
参考文献
出典・参考
  • 日経ビジネス 2000年6月5日号
  • ピジョン 有価証券報告書(2006年1月期)
  • ピジョン 有価証券報告書(2007年1月期)
  • ピジョン 有価証券報告書(2018年1月期)
  • ピジョン 有価証券報告書(2019年1月期)
  • ピジョン 有価証券報告書(2019年12月期)
  • ピジョン 2019年12月期 第1四半期 決算説明会 質疑応答

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