決断
大手のいない売り場を選び、売れ方を確かめてから品目を足してきた会社である。創業期の防虫剤には有力なブランドが無く、効き目が1年後まで分からないため大問屋も扱わなかったので、鈴木誠一氏は自転車で薬局を回って販路を作った。1959年には欧米を視察して手袋がよく売れているのを見届け、1964年7月に埼玉工場で消耗の早い家庭用手袋の製造を開始した。1973年に父から社長を承継すると定年制と非同族経営を宣言し、良品を安く作るだけの先代の方針を改め、同年の石油ショックで得た利益から約1億円を宣伝に投じた。