リクルートHD の歴史

更新: Author:

創業 1960年
創業者 江副浩正
創業地 東京都千代田区
創業
1960年3月、東京大学を出た23歳の江副浩正氏が、東京都港区で大学新聞広告社を個人で創業した。事務所は小さなビルの屋上に建てたプレハブで、大学新聞に企業の求人広告を載せる取次から始めている。当時の就職は教授推薦と縁故が占め、学生が企業を選ぶための情報は流通していなかった。1962年、就職情報誌「企業への招待」を創刊した。創刊にあたっては取引のあった約200社を訪ね、採用担当者から誌面の構成を聞き取って媒体を組み立てている。広告主を開拓する営業が誌面の材料も持ち帰る配置は、このとき決まった。
決断
広告料で成り立つ情報誌を、商材だけ替えて置き直してきた。1976年に「住宅情報」を創刊して不動産分野へ多角化したのを皮切りに、1980年に女性向け転職情報誌『とらばーゆ』、1984年に中古車の『カーセンサー』と、求人で確かめた設計を住宅・転職・自動車へ移していった。一方で情報誌が生む現金は不動産の取得にも向かい、リクルート事件とバブル崩壊が重なった1992年、グループの負債は1兆8,000億円へ膨らむ。江副氏は保有株の33.9%を約455億円で売却し、ダイエーへ筆頭株主の座を渡している。負債を本業の利益だけで返し終えた2012年、紙で作った営業の設計が通じない検索の領域では自製をやめ、約1,000億円で米Indeedを買収した
現況
売上収益で最大の事業と、営業利益で最大の事業が別になっている。2026年3月期の売上収益は3兆6,974億円、営業利益は6,306億円である。売上収益が最も大きいのは人材派遣の1兆6,793億円だが、そのセグメント利益は997億円にとどまる。対してHRテクノロジーは売上収益1兆4,544億円に対し利益5,500億円を計上した。残るマーケティング・マッチング・テクノロジーは5,636億円・1,550億円である。2014年に創業54年で東証一部へ上場したあと、買収へ充当していた現金の向きは還元へ変わり、2024年度は配当と自己株取得に8,591億円を投じて総還元性向は210.3%となった。人を並べて稼ぐ派遣と、検索が稼ぐHRテクノロジーの差が、そのまま利益率の差を生んでいる。
競合
求人の入口をめぐる争いは、紙から検索へ場所ごと移った。Googleが航空券と宿泊の検索を始めた2010年前後、求人へも参入されれば紙の情報誌で築いた優位が飛び越えられると読み、赤字のIndeedを先に押さえている。国内では派遣で規模を競う相手が並び、2007年には派遣首位のスタッフサービスを買収して登録スタッフの基盤を得た。同じ時期にパーソルが転職メディアを資本で取り込んだのに対し、リクルートが買ったのは他社の求人票を横断して集める仕組みである。日本で人を訪ねて集めた求人情報は国外へ持ち出せず、機械が集める側へ移ったことが海外の売上収益を作った。

創業ストーリー 大学新聞の広告取次から、媒体を自製する会社へ (1960年〜)

300万円の借入で始めた広告代理業

1960年3月、江副浩正氏は東京都港区で大学新聞広告社を創業し[1]、大学新聞に各企業の求人広告を掲載する事業を始めた。創業の日は3月31日で、場所は東京の小さなビルの屋上に建てられたプレハブ[2]であった。東京大学新聞会で『広告を開拓してくれないか』[引用元]と勧められ[3]、在学中から広告営業に携わったことが下地にある。創業資金は大手銀行には相手にされず、父の土地と家屋を担保に芝信用金庫田村町支店と二度交渉して300万円を借り入れて[4]まかなった。まもなく複数の大学新聞の広告を一手に取り扱う契約を結び[5]、同年10月には法人組織として株式会社大学広告を設立している[6]

  • リクルートホールディングス 有価証券報告書【沿革】
    • [1]1960年3月 東京都港区で大学新聞広告社を創業
    • [5]大学新聞複数紙の広告を一手に取り扱う契約
    • [6]1960年10月 法人組織として㈱大学広告を設立
  • 株式会社リクルート 沿革・歴史(公式サイト)
    • [2]1960年3月31日 東京の小さなビルの屋上プレハブで大学新聞専門の広告代理店として創業
  • 東京大学新聞オンライン 2014年11月6日
    • [3]東大新聞会で広告開拓を勧められ在学中から広告営業に従事
  • 月刊カレント 1987年5月号
    • [4]父の土地・家屋を担保に芝信用金庫田村町支店から300万円を借入

1962年、大学生向けの求人情報だけを集めた『企業への招待』を創刊した[7]。創刊にあたっては大学新聞で取引のあった会社を中心に約200社を訪ね、採用担当者から誌面の構成を聞き取って[8]媒体を組み立てている。広告を取り次ぐ代理業から、誌面を自社で発行して広告主を直接開拓する側へ回った[9]転換であった。掲載企業から広告料を得て個人と企業が出会う場を設ける仕組みは、のちにリボンモデルと呼ばれ、現在のリクルートへ受け継がれている[10]。1963年4月には社名を日本リクルートメントセンターへ改め、同年8月に日本リクルートセンターを設立した[11]

  • リクルートホールディングス 有価証券報告書【沿革】
    • [7]1962年 「企業への招待」創刊
    • [11]1963年4月 日本リクルートメントセンターへ社名変更、同年8月 日本リクルートセンター設立
  • Decide 1987年3月号 江副浩正インタビュー
    • [8]創刊前に約200社の採用担当者を訪ね誌面構成を聞き取り
  • 東京大学新聞オンライン 2014年11月6日
    • [9]広告代理業から媒体自製への転換
  • リクルートホールディングス 沿革「価値創造の歴史」(公式サイト)
    • [10]個人と企業が出会う場を提供するリボンモデル
  • リクルートホールディングス 有価証券報告書【沿革】
    • [1]1960年3月 東京都港区で大学新聞広告社を創業
    • [5]大学新聞複数紙の広告を一手に取り扱う契約
    • [6]1960年10月 法人組織として㈱大学広告を設立
    • [7]1962年 「企業への招待」創刊
    • [11]1963年4月 日本リクルートメントセンターへ社名変更、同年8月 日本リクルートセンター設立
  • 株式会社リクルート 沿革・歴史(公式サイト)
    • [2]1960年3月31日 東京の小さなビルの屋上プレハブで大学新聞専門の広告代理店として創業
  • 東京大学新聞オンライン 2014年11月6日
    • [3]東大新聞会で広告開拓を勧められ在学中から広告営業に従事
    • [9]広告代理業から媒体自製への転換
  • 月刊カレント 1987年5月号
    • [4]父の土地・家屋を担保に芝信用金庫田村町支店から300万円を借入
  • Decide 1987年3月号 江副浩正インタビュー
    • [8]創刊前に約200社の採用担当者を訪ね誌面構成を聞き取り
  • リクルートホールディングス 沿革「価値創造の歴史」(公式サイト)
    • [10]個人と企業が出会う場を提供するリボンモデル

計算機の早期導入と、不動産事業の始まり

1968年、日本企業として初めてIBM 1130を導入し[12]、適性検査などの処理に使い始めた。導入がまだ珍しかった時期に計算機を入れたのは、情報を扱う会社として業務の迅速化と効率化を図るため[13]である。1971年には情報誌の印刷前工程をデジタル化する目的でリクルートコンピュータプリントを設立し[14]、媒体の制作工程も自社に取り込んだ。同じ年、西新橋に自社ビルを竣工している[15]

  • リクルートホールディングス 有価証券報告書【沿革】
    • [12]1968年 IBM 1130を日本企業として初めて導入
    • [13]導入が珍しい時期からの計算機活用による業務の迅速化・効率化
    • [14]1971年 ㈱リクルートコンピュータプリント設立(印刷前工程のデジタル化)
  • 証券アナリストジャーナル 1986年12月号(池田友之)
    • [15]1971年 西新橋本社ビルを竣工

1970年に住宅金融公庫の融資制度が始まり、1973年には全国の分譲戸数が15万戸を超えて[16]第三次のマンションブームが起きた。もっとも新築物件は価格が決まるまで広告を出せず[17]、購入を検討する側が十分な情報を得られないまま申し込みを決める状態が残っていた。1974年、江副氏は長谷川工務店が建てたネオコーポ行徳の販売を引き受け[18]、これがのちのリクルートコスモスの分譲マンション事業のこう矢となった。

  • リクルート「スーモの歴史」(株式会社リクルート 採用サイト プロジェクトストーリー)
    • [16]1970年 住宅金融公庫の融資制度開始、1973年 全国分譲戸数15万戸超で第3次マンションブーム
    • [17]新築物件は価格決定まで広告を出せず購入検討者の情報が不足
  • 証券アナリストジャーナル 1986年12月号(池田友之)
    • [18]1974年 長谷川工務店のネオコーポ行徳の販売引受がリクルートコスモス事業のこう矢
  • リクルートホールディングス 有価証券報告書【沿革】
    • [12]1968年 IBM 1130を日本企業として初めて導入
    • [13]導入が珍しい時期からの計算機活用による業務の迅速化・効率化
    • [14]1971年 ㈱リクルートコンピュータプリント設立(印刷前工程のデジタル化)
  • 証券アナリストジャーナル 1986年12月号(池田友之)
    • [15]1971年 西新橋本社ビルを竣工
    • [18]1974年 長谷川工務店のネオコーポ行徳の販売引受がリクルートコスモス事業のこう矢
  • リクルート「スーモの歴史」(株式会社リクルート 採用サイト プロジェクトストーリー)
    • [16]1970年 住宅金融公庫の融資制度開始、1973年 全国分譲戸数15万戸超で第3次マンションブーム
    • [17]新築物件は価格決定まで広告を出せず購入検討者の情報が不足

住宅情報が示した型の汎用性

1976年、日本リクルートセンターは月刊の『住宅情報』を創刊し[19]、住宅・不動産の分野へ進んだ。『正しい情報を伝えることで不動産広告を変えたい』[引用元]という考えを掲げ、社内の反対意見を押して事業化している[20]。掲載料を広告主から得て読者には情報を届ける[21]という就職情報誌の型を、そのまま別の分野へ移した多角化であった。1978年には首都圏の住宅購入者のおよそ半数が購読する誌面へ育ち[22]、黒字に転じた。

  • リクルートホールディングス 有価証券報告書【沿革】
    • [19]1976年 住宅情報事業を開始(月刊「住宅情報」を創刊)
  • リクルート「スーモの歴史」(株式会社リクルート 採用サイト プロジェクトストーリー)
    • [20]「正しい情報を伝えることで不動産広告を変えたい」を掲げ社内の反対を押して事業化
    • [21]掲載料を広告主から得る情報誌として創刊
    • [22]1978年 首都圏の住宅購入者の約半数が購読する誌面へ成長し黒字化

江副氏は住宅情報を、供給者と需要者を結ぶ『ツーウェイ・コミュニケーション』の理想的な形と述べている[23]。1979年には企業や物件の悪質な情報を排除する審査機能を設け[24]、媒体の信頼そのものを収益の土台に据えた。1996年には業界に先駆けてインターネットサービス『住宅情報 On The Net』[引用元]を始め[25]、紙からネットへの移行も先行させている。『住宅情報』の名は33年間使われたのち、2009年に住宅総合ブランドのSUUMOへ統一された[26]

  • 『リクルートの驚異:情報をカネに替える1400人の魔術師達』(1982年)
    • [23]江副氏が住宅情報を供給者と需要者を結ぶツーウェイ・コミュニケーションと説明
  • リクルート「スーモの歴史」(株式会社リクルート 採用サイト プロジェクトストーリー)
    • [24]1979年 企業・物件の悪質情報を排除する審査機能を開始
    • [25]1996年 業界に先駆け「住宅情報 On The Net」を開始
  • リクルートホールディングス ニュースリリース 2009年7月29日「新・住宅総合ブランド『SUUMO(スーモ)』本格スタート!」
    • [26]2009年 「住宅情報」ブランド(33年間使用)をSUUMOへ統一
  • リクルートホールディングス 有価証券報告書【沿革】
    • [19]1976年 住宅情報事業を開始(月刊「住宅情報」を創刊)
  • リクルート「スーモの歴史」(株式会社リクルート 採用サイト プロジェクトストーリー)
    • [20]「正しい情報を伝えることで不動産広告を変えたい」を掲げ社内の反対を押して事業化
    • [21]掲載料を広告主から得る情報誌として創刊
    • [22]1978年 首都圏の住宅購入者の約半数が購読する誌面へ成長し黒字化
    • [24]1979年 企業・物件の悪質情報を排除する審査機能を開始
    • [25]1996年 業界に先駆け「住宅情報 On The Net」を開始
  • 『リクルートの驚異:情報をカネに替える1400人の魔術師達』(1982年)
    • [23]江副氏が住宅情報を供給者と需要者を結ぶツーウェイ・コミュニケーションと説明
  • リクルートホールディングス ニュースリリース 2009年7月29日「新・住宅総合ブランド『SUUMO(スーモ)』本格スタート!」
    • [26]2009年 「住宅情報」ブランド(33年間使用)をSUUMOへ統一

とらばーゆ・カーセンサーと創業型の多角化

1980年、日本で初めての女性向け転職情報誌として『とらばーゆ』を創刊した[27]。男女雇用機会均等法の施行はその5年後で、誌名は『とらばーゆする』という言い回しとして広まっている[28]。1984年には中古車売買の専門誌『カーセンサー』を創刊した[29]。こちらは当時の新入社員研修で提案されたアイデアから生まれた事業で、同年4月には社名を株式会社リクルートへ改めている[30]

  • リクルートホールディングス 有価証券報告書【沿革】
    • [27]1980年 「とらばーゆ」創刊(日本初の女性向け転職情報誌)
    • [28]男女雇用機会均等法の施行は5年後の1985年、「とらばーゆする」が流行語に
    • [29]1984年 「カーセンサー」創刊(新入社員研修の提案から生まれた事業)
    • [30]1984年4月 社名を㈱リクルートへ変更

1985年には米国に事業展開する日本企業の採用を支援するRecruit U.S.A. Inc.を設立し[31]、同じ年にリモートコンピューティングによる情報サービスも始めた。1987年にはスーパーコンピュータ研究所を設け[32]、計算機の研究と利用促進に人と資金を割いている。1986年時点でリクルート・グループは28社を数えた[33]。証券アナリストジャーナルの講演で、リクルートコスモスの池田友之社長は『その仕事はほとんどが創業型である』[引用元]と述べ[34]、他社が手掛けていない領域か、手掛けていても異なる方法で創業者利潤を得る仕事が多いと説明した。

  • リクルートホールディングス 有価証券報告書【沿革】
    • [31]1985年 Recruit U.S.A. Inc.設立、インフォメーションネットワークサービス開始
    • [32]1987年 スーパーコンピュータ研究所を設立
  • 証券アナリストジャーナル 1986年12月号(池田友之)
    • [33]1986年時点のリクルート・グループ 28社
    • [34]池田友之リクルートコスモス社長「その仕事はほとんどが創業型である」
  • リクルートホールディングス 有価証券報告書【沿革】
    • [27]1980年 「とらばーゆ」創刊(日本初の女性向け転職情報誌)
    • [28]男女雇用機会均等法の施行は5年後の1985年、「とらばーゆする」が流行語に
    • [29]1984年 「カーセンサー」創刊(新入社員研修の提案から生まれた事業)
    • [30]1984年4月 社名を㈱リクルートへ変更
    • [31]1985年 Recruit U.S.A. Inc.設立、インフォメーションネットワークサービス開始
    • [32]1987年 スーパーコンピュータ研究所を設立
  • 証券アナリストジャーナル 1986年12月号(池田友之)
    • [33]1986年時点のリクルート・グループ 28社
    • [34]池田友之リクルートコスモス社長「その仕事はほとんどが創業型である」

コスモスの膨張とリクルート事件

情報誌事業が生む現金は不動産の取得にも向かい、1984年には日本軽金属の銀座本社ビルを取得している[35]。子会社リクルートコスモスの分譲マンション事業も伸び、1987年には売上高1757億円を記録して、規模で親会社のリクルート本体を上回った[36]。1988年、そのリクルートコスモスの未公開株が政財官の関係者へ譲渡されていた問題が明るみに出て、江副氏は社長を辞任している[37]。1989年には江副氏本人が逮捕され[38]、創業者の個人事業から出発した会社は創業以来最大の危機に立った。

  • 証券アナリストジャーナル 1986年12月号(池田友之)
    • [35]1984年 日本軽金属の銀座本社ビルを取得
    • [36]1987年 リクルートコスモスの売上高1757億円で親会社を規模で上回る
  • 日経ビジネス 1997年7月14日号(日経BP社)
    • [37]1988年 リクルートコスモス未公開株の譲渡問題が発覚しリクルート事件へ、江副氏が社長辞任
    • [38]1989年 江副浩正氏が逮捕
  • 証券アナリストジャーナル 1986年12月号(池田友之)
    • [35]1984年 日本軽金属の銀座本社ビルを取得
    • [36]1987年 リクルートコスモスの売上高1757億円で親会社を規模で上回る
  • 日経ビジネス 1997年7月14日号(日経BP社)
    • [37]1988年 リクルートコスモス未公開株の譲渡問題が発覚しリクルート事件へ、江副氏が社長辞任
    • [38]1989年 江副浩正氏が逮捕

API for AI Agents — 認証不要、URLをGETするだけで機械可読なJSONをトークン消費を抑えつつ取得できます。

リクルートHDの沿革1960〜2022年における主な出来事を抜粋

時代年月社長・CEO出来事重要度
1960〜1975年大学新聞の広告取次から、媒体を自製する会社へ江副浩正リクルート創業——23歳の江副浩正氏が大学新聞の求人広告から興した「情報を商品にする」事業

1960年3月、東京大学教育学部を卒業した23歳の江副浩正氏が東京都港区で大学新聞広告社を個人創業し、複数の大学新聞の求人広告を一手に扱う代理業を始めた創業。父の土地・家屋を担保に芝信用金庫田村町支店から借りた300万円を運転資金に、1962年には就職情報誌『企業への招待』を創刊した。

詳細を読む
★★★
江副浩正就職情報誌「企業への招待」の創刊

1962年、大学新聞への求人広告取次から出発した大学広告(現リクルート)の江副浩正社長が、大学生向けの求人情報だけを集めた冊子『企業への招待』を創刊した。掲載企業から広告料を得て学生に届ける媒体で、リクルートの求人メディア事業の原点となった。

詳細を読む
★★★
江副浩正日本リクルートセンターを設立
江副浩正分譲マンション販売を開始
1976〜1988年生活領域への進出と、不動産に傾いた収益江副浩正「住宅情報」の創刊による住宅・不動産分野への多角化

1976年1月、日本リクルートセンター(現リクルート)が首都圏向けの月刊誌『住宅情報』を創刊した経営判断。

詳細を読む
★★★
江副浩正「とらばーゆ」を創刊
江副浩正銀座本社ビルを取得
江副浩正中古車情報誌「カーセンサー」を創刊
江副浩正社名をリクルートに変更
位田尚隆リクルート事件が発覚★★
1989〜2003年1兆4,000億円の債務を、本業の利益だけで返す位田尚隆ダイエーによるリクルート株式の取得と筆頭株主の交代

1992年、リクルート創業者で特別顧問の江副浩正氏が、保有するリクルート発行済株式の33.9%(約1000万株・約455億円)をダイエーの中内社長に売却し、筆頭株主が交代した資本異動。中内社長がグループの実質的な経営統括を担うことになった。

詳細を読む
★★★
位田尚隆有利子負債1.4兆円
位田尚隆就職サイト「リクナビ」を提供開始
河野栄子OPT制度を導入★★★
河野栄子リクルート3代目社長・河野栄子氏の就任と世代交代

1997年6月、リクルートは女性初の営業職として中途入社した生え抜きの河野栄子氏を3代目社長に迎え、創業者・江副浩正氏、2代目・位田尚隆氏に続く世代交代を果たした。独自の営業手法を確立して副社長まで上り詰めた実力者への継承であった。

詳細を読む
★★★
河野栄子じゃらんnetをオンライン化
河野栄子「ホットペッパー」を創刊。狭域ビジネスへ参入★★
2004〜2026年資本の独立を取り戻し、検索の会社を買う柏木斉リクルートコスモスを売却
柏木斉予約サイト「Hot Pepper Beauty」を提供開始
柏木斉リクルートによるスタッフサービス・ホールディングスの買収

2007年12月、リクルートが人材派遣最大手スタッフサービス・ホールディングスの発行済株式80.14%を、創業者の岡野保次郎会長から取得して子会社化した買収。既存のリクルートスタッフィングと合わせ、派遣・アウトソーシング領域を一気に取り込んだM&Aである。

詳細を読む
★★★
峰岸真澄リクルートによる米Indeedの買収

2012年9月、リクルート(同年10月に持株会社リクルートホールディングスへ移行)が、同年4月に社長へ就いた峰岸真澄氏のもとで、米国発の求人検索サービスIndeedの株式100%を取得することで合意した買収。取得価額は非公表だが、報道では約10億ドル(1,000億円超)と伝えられ、同社にとって初の巨額M&Aであった。

詳細を読む
★★★
峰岸真澄持株会社体制へ移行しリクルートHDへ
峰岸真澄スマホアプリ「Airレジ」を提供開始
峰岸真澄創業54年での東証一部上場——非上場のまま再建した元祖ベンチャーの株式公開

2014年10月16日、リクルートホールディングスが東京証券取引所第1部に上場した経営判断。公開価格3,100円に対し初値は3,170円をつけ、初値ベースの時価総額は約1兆8,200億円に達した。

詳細を読む
★★★
峰岸真澄USG Peopleを買収
出木場久征過去最高益を達成
出典・参考
  • リクルートホールディングス ニュースリリース 2009年7月29日「新・住宅総合ブランド『SUUMO(スーモ)』本格スタート!」
  • リクルートホールディングス 有価証券報告書【沿革】
  • 証券アナリストジャーナル 1986年12月号(池田友之)
  • 月刊カレント 1987年5月号
  • Decide 1987年3月号 江副浩正インタビュー
  • 日経ビジネス 1997年7月14日号(日経BP社)
  • 東京大学新聞オンライン 2014年11月6日
  • 『リクルートの驚異:情報をカネに替える1400人の魔術師達』(1982年)
  • 株式会社リクルート 沿革・歴史(公式サイト)
  • リクルートホールディングス 沿革「価値創造の歴史」(公式サイト)
  • リクルート「スーモの歴史」(株式会社リクルート 採用サイト プロジェクトストーリー)

免責事項およびポリシー