重要な意思決定
住宅情報を創刊(現SUUMO)
背景
不動産広告の拡大に着目
1970年代、分譲マンションや郊外戸建ての需要が拡大し、新聞やテレビにおける不動産広告の比率が上昇していた。江副浩正はこの変化に着目し、広告が氾濫する一方で、供給者と需要者を体系的に結びつける媒体が存在しない点を機会と捉えた。
就職情報で確立した「媒体を自社で持ち、広告主を自ら開拓する」モデルを不動産領域へ転用すれば、新たな市場を創出できると判断。1976年1月、首都圏向け月刊誌「住宅情報」を創刊し、就職情報からの多角化に踏み出した。
決断
広告モデルと品質管理の構築
住宅情報の収益源は、掲載広告(1ページ104万円)と雑誌売価200円で構成された。1冊あたり売上は1363円となり、広告主からの掲載料を軸とするビジネスモデルを採用した。創刊から11カ月は赤字が続いたが、12号発刊時に認知度が高まり黒字化を達成した。
物件掲載が増えるほど読者が増え、読者が増えるほど広告主が増える循環を形成するため、「情報審査部」を設置し、おとり物件を排除する体制を整備。媒体価値を守ることで、広告単価の維持と掲載件数拡大を同時に実現した。
結果
祖業に匹敵する柱へ成長
1982年頃には首都圏版を週刊化し、発行部数は22万部に拡大。同年12月期の売上高は150億円に到達し、前年の約2倍の成長を記録した。住宅情報事業は短期間で急拡大し、情報誌事業の中核へと浮上した。
1981年時点で住宅情報は154億円規模となり、祖業である広告事業271億円に迫る存在となった。これにより、リクルートは就職情報専業から脱却し、「生活情報を扱う企業」へと事業構成を転換する契機を得た。