重要な意思決定
ダイエーがリクルートの株式を取得
背景
創業者株式処理の難題
1988年のリクルート事件後、創業者である江副浩正は経営の第一線を退いたが、依然として大量の株式を保有していた。リクルートは非上場企業であり、株式の流動性が乏しかったため、創業者が持分を処分する場合、その引受先の選定は会社の支配構造に直結する重大な問題となった。
さらに、不動産事業の負債問題や社会的信用の毀損が残る中で、資本の安定化は急務であった。銀行管理下に置かれる可能性も議論される状況下で、創業者の持株処理は単なる個人の資産売却ではなく、リクルートの将来の独立性を左右する資本政策上の課題であった。
決断
ダイエーへ三五%売却
1992年、江副氏は自ら保有していたリクルート株式35.2%を大手小売業ダイエーへ売却した。売却額は約455億円とされ、この結果リクルートはダイエーの関係会社となった。非上場企業における大口株式の移動は、経営権の帰趨に影響を及ぼす重大な転換であった。
しかし、この売却は現経営陣との十分な合意形成を経ずに進められたため、後任社長の位田氏との間で深刻な対立が生じた。独立路線を志向する経営陣と、ダイエーとの連携を容認する創業者の立場は交わらず、資本構造を巡る緊張関係が社内外に広がった。
結果
買戻しで独立回帰へ
ダイエーの資本参加は一時的に安定株主を得た形となったが、両社の経営方針は必ずしも一致しなかった。その後、2000年前後にダイエーが経営危機に陥ると、リクルートは資本関係の整理に着手し、約1000億円で25.2%を買い戻した。
残る約10%の株式も2006年までに金融機関などへ売却され、ダイエーとの資本関係は解消された。こうしてリクルートは再び独立経営に回帰し、資本構造の整理を経て、のちの株式上場へと向かう基盤を整えることになった。