ディップ の歴史

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創業 1997年
創業者 冨田英揮
創業地 愛知県名古屋市中区
創業
1997年3月、冨田英揮氏が愛知県名古屋市中区にディップ株式会社を設立した。父から引き継いだ英会話スクールで、折り込みチラシによる生徒募集の獲得費用が年間授業料を上回ることに突き当たり、名古屋の国際センタービルでスクールのカタログを並べたラックの反響が高いことに着目したのが起点である。事業はコンビニ店頭のマルチメディア端末から各分野のカタログを取り寄せさせ、無料で送る代わりに取得した顧客データを見込み客情報として企業へ売るというものだった。設立時に資本金はなく、パソナと孫正義氏らのジャパン・インキュベーション・キャピタルの後ろ盾で保証協会の融資を受けている。1998年1月、端末はIBM、コンテンツは自社という分担を結んだのうえで首都圏のコンビニ1,000店舗で運用を始めた。
決断
一社に依存した集客の経路は、伸びている最中に外してきた。コンビニ端末は取り寄せる行動がインターネットの広がりで細ると見切り、2000年10月に自社サイト『はたらこねっと』へ移した。2001年11月から始めたヤフーへの求人配信はアクセスを一気に伸ばした一方、冨田英揮氏は業績が伸びるほど依存への危機感を強め、人気女優を起用した自社ブランディングへ広告費を移している。2003年12月には上場承認の3日前にヤフーから提携解消を通告され、上場そのものを辞退している。翌2004年5月にマザーズへ上場して、調達資金を『バイトル』のテレビCMへ業績の拡大より先回りして投じた。2019年9月にはAIとRPAの「コボット」で採用後の業務へ参入した。集客を他社に預けない選択が、広告費を自社の名前だけへ集める順序を作った。
現況
売上の9割は求人広告が作り、利益率が高いのは残る1割のDX事業である。2026年2月期の連結売上高548億円は、人材サービス事業482億円とDX事業66億円で構成される。セグメント利益は人材サービス152億円、DX37億円で、利益率はDXの56%が人材サービスの32%を上回った。ただし全社では前期の売上564億円・営業利益134億円から減収減益となり、営業利益は91億円へ減少している。従業員は人材サービス1,786名に対しDXは161名で、DX事業は少人数のまま利益率だけが高い。求人広告の景気感応度を別の事業で薄める設計は、DXの売上構成比が12%にとどまる現在、まだ全社の減益を止められていない。
競合
求人の入口が検索へ移っても、企業から掲載料を取る形は変えていない。求人検索エンジンのIndeedを取得したリクルートが求人検索そのものを機械へ移し、求人ボックスも同じ形で並ぶなか、ディップは『バイトル』『はたらこねっと』へ企業を1社ずつ集める営業を続けた。雇用形態をアルバイトと派遣に絞って広告費を一点へ集めた結果、2018年2月期の営業利益率は28.4%と、同期のリクルートホールディングス連結の8〜9%を上回っている。一方、短時間・即日勤務のスポットワークではスキマバイトで先行したタイミーが先行し、ディップは2024年10月の『スポットバイトル』で後発として参入した。掲載企業を1社ずつ集める営業を残したことが高い利益率を作り、同じ営業のまま仕事の単位が短くなった市場へ後から入る立場も作った。
ディップ:長期業績の推移(売上高・利益率)売上高(億円純利益率(%)
2005年2月期2026年2月期

創業ストーリー マルチメディア端末から始まったベンチャー創業 (1997年〜)

英会話スクールの集客難から生まれた「無料カタログ送付サービス」構想

ディップの源流は、創業者の冨田英揮氏が父から引き継いだ英会話スクールの運営にある。大学卒業後に不動産業界などで営業を経験した冨田氏は、父が新たに始めた英会話スクールの経営を任されたが、その矢先のバブル崩壊[1]で資金繰りが悪化し、スクールは赤字に転落、自己破産寸前まで追い込まれた父はスクールの身売りを決断した。冨田氏は売却先を探す過程で新オーナーから現場の経営責任者として残るよう請われ、26歳で引き続きスクール経営に携わった。素人として飛び込んだスクール経営で冨田氏が突き当たったのは、生徒募集の費用対効果という壁で、折り込みチラシによる募集では一人の生徒を獲得する費用が年間授業料を上回[2]ることも少なくなかった。

    • [1]冨田英揮は不動産業界などでの営業を経て父の英会話スクール運営を任され、バブル崩壊による経営難で父がスクールを身売りした後、新オーナーの下で26歳から現場の経営責任者を務めた
    • [2]英会話スクールの折り込みチラシ募集では、一人の生徒を獲得する費用が年間授業料を上回ることもあった

効率的な集客方法を探していた冨田氏が着目したのは、名古屋市内の国際センタービルに設置された英会話スクール[3]のパンフレットコーナーだった。各スクールのカタログをまとめて並べ月額でラックを貸すこの仕組みからの入学申し込みや問い合わせの件数が突出して多く、広告効果がずば抜けて高いことに気づいた冨田氏は、こうした情報提供の仕組みを量産して各所に設置すればヒットするという発想に至る。これが起業の直接のきっかけであり、その構想は、各種スクールの生徒募集・ブライダル・自動車購入など多分野のカタログを専用の情報端末から取り寄せられるようにし、利用者へ無料でカタログを送付する代わりに、取得した顧客データ[4]を見込み客情報として企業へ販売するというものだった。紙のラックと違い情報端末なら設置場所を取らずカタログ補充の手間も要らない点に、量産と横展開の勝機を見ていた。

    • [3]名古屋市の国際センタービルにあった英会話スクールのパンフレットラックからの申込・問い合わせが突出して多く、その広告効果への着目が起業の直接のきっかけとなった
    • [4]無料カタログ送付サービスの構想は、利用者に無料でカタログを送る代わりに取得した顧客データを企業へ販売するというものだった

起業に専念するため冨田氏は英会話スクールの経営から退いたが、資本金もなく、事業プランを各企業に売り込んでも評価はされるものの商談には至らず、生活費を借金で工面しながら金策に走る日々が2年ほど続いた。転機となったのは、パソナグループの南部靖之氏とソフトバンクの孫正義氏が若手起業家を支援するために設立[5]した『ジャパン・インキュベーション・キャピタル』(JIC)の存在をテレビで知ったことで、送付した事業計画書が認められ、パソナ社内に机を一つ置かせてもらえることになった。JICとパソナの後ろ盾を背景に東京都の保証協会から無担保・無保証の融資も受けられ[6]、1997年3月、冨田氏は愛知県名古屋市中区にディップ株式会社を設立[7]した。創業時の事業目的は、コンビニエンスストア店頭に設置されたマルチメディアステーション端末を媒介とした『無料カタログ送付サービス』の運営である[8]

    • [5]創業前の冨田は資金難で約2年金策に走り、南部靖之・孫正義が設立したJIC(ジャパン・インキュベーション・キャピタル)の支援でパソナ社内に席を得て、東京都保証協会の無担保・無保証融資を受けて起業にこぎ着けた
  • ディップ 有価証券報告書 第28期(2025年2月期)【表紙】
    • [6]ディップ株式会社の設立者は創業者の冨田英揮である
  • ディップ 有価証券報告書【沿革】
    • [7]1997年3月、愛知県名古屋市中区にディップ株式会社が設立された
    • [8]創業時の事業目的は、コンビニ端末を媒介とした「無料カタログ送付サービス」の運営だった
    • [1]冨田英揮は不動産業界などでの営業を経て父の英会話スクール運営を任され、バブル崩壊による経営難で父がスクールを身売りした後、新オーナーの下で26歳から現場の経営責任者を務めた
    • [2]英会話スクールの折り込みチラシ募集では、一人の生徒を獲得する費用が年間授業料を上回ることもあった
    • [3]名古屋市の国際センタービルにあった英会話スクールのパンフレットラックからの申込・問い合わせが突出して多く、その広告効果への着目が起業の直接のきっかけとなった
    • [4]無料カタログ送付サービスの構想は、利用者に無料でカタログを送る代わりに取得した顧客データを企業へ販売するというものだった
    • [5]創業前の冨田は資金難で約2年金策に走り、南部靖之・孫正義が設立したJIC(ジャパン・インキュベーション・キャピタル)の支援でパソナ社内に席を得て、東京都保証協会の無担保・無保証融資を受けて起業にこぎ着けた
  • ディップ 有価証券報告書 第28期(2025年2月期)【表紙】
    • [6]ディップ株式会社の設立者は創業者の冨田英揮である
  • ディップ 有価証券報告書【沿革】
    • [7]1997年3月、愛知県名古屋市中区にディップ株式会社が設立された
    • [8]創業時の事業目的は、コンビニ端末を媒介とした「無料カタログ送付サービス」の運営だった

IBM提携によるコンビニ端末事業の立ち上げと人材情報への転換

会社を設立しても、『無料カタログ送付サービス』を実現する最大の難関は、大量の専用端末をどこにどう設置するかだった。人が集まる場所として大手外食チェーンに的を絞って営業して回るなか、かねて交渉していたマクドナルドの担当者から、同じような端末設置の話をIBMが持ち込んでいると聞かされる。資本力で正面から戦える相手ではないと判断した冨田氏は、IBMに対抗するのではなく提携を申し入れ[9]、IBMが端末というハードを、自社がコンテンツを担うという役割分担に活路を求めた。IBMの端末はすでに都内1000店舗のコンビニエンスストアに設置済みで[10]、あとは参加企業を集めて運用システムを開発するだけだったが、その開発費用は自社負担という条件であり、冨田氏はシステムが未完成のまま年間契約料を先払いで受け取る形でクライアントを集め、開発資金を捻出した。

    • [9]端末設置先を探す中でマクドナルド経由でIBMの同種計画を知り、対抗ではなく提携を申し入れ、IBMがハード・ディップがコンテンツを担う分担とした
    • [10]IBMの端末はすでに都内1000店舗のコンビニに設置済みで、ディップは開発費を自社負担し年間契約料の先払いでクライアントを集めて開発資金を捻出した

英会話スクール時代に培った生徒募集のノウハウを転用し、半年で必要な資金とクライアントを確保した冨田氏は、1998年1月、首都圏の各コンビニで『無料カタログ送付サービス』の運用を開始した[11]。翌1999年にはトヨタ自動車や本田技研工業など全116社の参加を得て[12]、早くも約1億円の売上を計上するまでに事業は立ち上がった。設立翌年の1998年5月には本社を名古屋から東京都渋谷区へ移し、同じコンビニ端末を使った『人材派遣お仕事情報サービス』を開始している[13]。コンビニ店頭の端末を情報インフラと見立ててそこへ商材を載せるという、当時としては先進的なチャネル発想が、紙メディアからネットへ移る過渡期の一手として機能した。

    • [11]1998年1月、首都圏の各コンビニで「無料カタログ送付サービス」の運用を開始した
    • [12]1999年にトヨタ自動車・本田技研工業など全116社の参加を得て約1億円の売上を計上した
  • ディップ 有価証券報告書【沿革】
    • [13]1998年5月、本社を東京都渋谷区へ移転し、同端末で「人材派遣お仕事情報サービス」を開始した

『無料カタログ送付サービス』が扱う車・ブライダル・スクール・旅行など各カテゴリーのなかで、クライアントの予想を超える反響を集めたのが『人材派遣』だった。派遣で働きたい求職者が登録先の派遣会社を探していたためで、ある大手派遣会社からは、発信したいのは派遣会社のカタログよりも求職者が求めている仕事の情報だ、という助言を得る。これを受けて立ち上げた『人材派遣お仕事情報サービス』が[14]、後の主力『はたらこねっと』の前身となった。背景には、1986年の労働者派遣法施行から1990年代を通じた派遣市場の拡大と、1999年の派遣業務原則自由化(ネガティブリスト方式への転換)で派遣会社数が急増する局面があり、コンビニ端末発のチャネル発想は、結果として『労働市場の情報インフラ』という今日の同社の自己定義を準備した。

    • [9]端末設置先を探す中でマクドナルド経由でIBMの同種計画を知り、対抗ではなく提携を申し入れ、IBMがハード・ディップがコンテンツを担う分担とした
    • [10]IBMの端末はすでに都内1000店舗のコンビニに設置済みで、ディップは開発費を自社負担し年間契約料の先払いでクライアントを集めて開発資金を捻出した
    • [11]1998年1月、首都圏の各コンビニで「無料カタログ送付サービス」の運用を開始した
    • [12]1999年にトヨタ自動車・本田技研工業など全116社の参加を得て約1億円の売上を計上した
    • [14]カタログ各分野で人材派遣の反響が突出し、ある大手派遣会社の助言を受けて立ち上げた「人材派遣お仕事情報サービス」が後の「はたらこねっと」の前身となった
  • ディップ 有価証券報告書【沿革】
    • [13]1998年5月、本社を東京都渋谷区へ移転し、同端末で「人材派遣お仕事情報サービス」を開始した

インターネットとYahoo!提携による「はたらこねっと」「バイトル」確立

冨田氏はインターネット参入のタイミングを計っていた。自宅でのネット利用者が人口の2割程度[15]に達し今後さらに拡大が見込めると判断したうえで、コンビニ端末からネットにつなげば、ネット環境を持たない残り8割の求職者も取りこぼさず併用でカバーできると考えた。2000年5月、ディップは本社を東京都千代田区へ移し、同年10[16]月にインターネットによる派遣社員の求人情報サービス『はたらこねっと』を開始する。ADSL普及前夜でインターネット接続率が伸び、Yahoo! JapanやGoogleの一般化、楽天市場の急成長などネットメディア事業者の創業ブームが続くなか、リクルートが『FromA』『とらばーゆ』『B-ing』といった紙媒体で求人広告市場を押さえる環境で、ディップはインターネット専業の求人サイトとして派遣・アルバイト領域に立ち位置を絞った。

2001年2月にはたらこねっと上でアルバイト情報の提供を始めると、2002年10月にはアルバイト部門を独立サイト[17]『バイトルドットコム』(現バイトル)として切り出し、派遣の『はたらこねっと』とアルバイトの『バイトル』という二枚看板で雇用形態別に求職者を仕分けるサイト設計を取った。事業拡大を加速させたのがポータル最大手ヤフーとの提携で、2001年11月からアルバイト・請負情報を、2002年1月からは派遣情報をヤフー上で配信[18]し、とりわけ派遣情報はディップの独占だった。集客力の高いヤフー経由でアクセス数は一気に伸び、膨大な求職情報が集まる好循環に入る。この間、2001年9月の大阪オフィス開設、2003年3月の東京都港区への本社移転[19]と、人員規模に応じて拠点を整えた。

  • ディップ 有価証券報告書【沿革】
    • [17]2001年2月にはたらこねっと上でアルバイト情報の提供を開始し、2002年10月にアルバイト部門を独立サイト「バイトルドットコム」(現バイトル)として切り出した
    • [19]2001年9月に大阪オフィスを開設し、2003年3月に本社を東京都港区へ移転した
    • [18]ヤフーとの提携で2001年11月からアルバイト・請負情報、2002年1月から派遣情報を配信し、派遣情報はディップの独占だった

一方で冨田氏は、業績がヤフーの集客力で急伸するほどに、その依存への危機感を強めていた。提携効果が高いうちに脱ヤフーを進めるべく、人気女優をイメージキャラクターに起用するなど自社ブランディングに注力する[20]。危機感は的中し、2003年12月にいったん東証マザーズ上場の承認[21]を得ていながら、上場の3日前にヤフーから提携解消を通告され、ディップは上場を辞退した。『ピンチはチャンス』を信条とする冨田氏は、予定していた上場記念パーティーをあえて決行して社員に今後の方針を説き、その場を『ヤフーからの卒業パーティー』と位置づけた。翌年に上場を果たすことになるが(次章)、創業から6年、リクルート系の総合求人サイトが広告露出を独占するなかで、ディップは派遣・アルバイトに特化した専業という[22]ポジションで市場に切り込み、中堅プレイヤーとしての足場を固めた。

    • [20]ヤフー依存への危機感から、人気女優をイメージキャラクターに起用するなど自社ブランディングに注力した
    • [21]2003年12月にいったん東証マザーズ上場の承認を得たが、上場3日前のヤフーからの提携解消通告を受けて上場を辞退した
  • ディップ 有価証券報告書【沿革】
    • [22]創業(1997年)から6年で、派遣・アルバイト特化の専業として中堅プレイヤーの足場を固めた
    • [15]ネット参入を判断した当時、自宅でのネット利用者は人口の2割程度に達していた
    • [18]ヤフーとの提携で2001年11月からアルバイト・請負情報、2002年1月から派遣情報を配信し、派遣情報はディップの独占だった
    • [20]ヤフー依存への危機感から、人気女優をイメージキャラクターに起用するなど自社ブランディングに注力した
    • [21]2003年12月にいったん東証マザーズ上場の承認を得たが、上場3日前のヤフーからの提携解消通告を受けて上場を辞退した
  • ディップ 有価証券報告書【沿革】
    • [16]2000年5月に本社を東京都千代田区へ移転し、同年10月に「はたらこねっと」を開始した
    • [17]2001年2月にはたらこねっと上でアルバイト情報の提供を開始し、2002年10月にアルバイト部門を独立サイト「バイトルドットコム」(現バイトル)として切り出した
    • [19]2001年9月に大阪オフィスを開設し、2003年3月に本社を東京都港区へ移転した
    • [22]創業(1997年)から6年で、派遣・アルバイト特化の専業として中堅プレイヤーの足場を固めた

上場と「バイトル」ブランドの量産TVCM時代

2004年5月、ディップは東京証券取引所マザーズ市場に上場した[23]。創業から7年での上場は[24]、2000年代前半のネット系ベンチャーとしては標準的な速度で、上場時の売上高は十数億円規模だった。上場により調達した資金は、TVCMを中心としたマス広告投下に重点配分された。広告費を売上拡大より先行投下する『投資先行型』の財務運営が、上場期のディップの事業モデルの中心に据わった。

  • ディップ 有価証券報告書【沿革】
    • [23]2004年5月に東京証券取引所マザーズ市場へ上場した
    • [24]創業(1997年)から上場(2004年)まで7年だった

2004年7月にプライバシーマーク[25]、2006年11月にISO27001を取得し[26]、個人情報を扱う事業者としての制度面の信頼を整えた。2004年10月の転職情報サイト『ジョブエンジン』、[27]2005年1月の『はたらこ紹介予定派遣』、2005[28]年6月の総合求人ポータル『Dip Jobs』[29]など派生サイトを矢継ぎ早に立ち上げたが、収益の中心は一貫してバイトルとはたらこねっとの2サイトに集中した。2008年のリーマンショック後、派遣業界は2008年末の『年越し派遣村』報道などで派遣切りが社会問題化し、派遣求人市場は急縮小したが、ディップはアルバイト求人『バイトル』と看護師転職『ナースではたらこ』(2009年9月開設)[30]など職種別の特化サイトへ事業を分散させる対応を取り、派遣単独依存の脆弱性を回避した。

  • ディップ 有価証券報告書【沿革】
    • [25]2004年7月にプライバシーマークを取得した
    • [26]2006年11月にISO27001の認証を取得した
    • [27]2004年10月に転職情報サイト「ジョブエンジン」を立ち上げた
    • [28]2005年1月に「はたらこ紹介予定派遣」を立ち上げた
    • [29]2005年6月に総合求人ポータル「Dip Jobs」を立ち上げた
    • [30]看護師転職サイト「ナースではたらこ」を2009年9月に開設した
  • ディップ 有価証券報告書【沿革】
    • [23]2004年5月に東京証券取引所マザーズ市場へ上場した
    • [24]創業(1997年)から上場(2004年)まで7年だった
    • [25]2004年7月にプライバシーマークを取得した
    • [26]2006年11月にISO27001の認証を取得した
    • [27]2004年10月に転職情報サイト「ジョブエンジン」を立ち上げた
    • [28]2005年1月に「はたらこ紹介予定派遣」を立ち上げた
    • [29]2005年6月に総合求人ポータル「Dip Jobs」を立ち上げた
    • [30]看護師転職サイト「ナースではたらこ」を2009年9月に開設した

スマートフォン時代に乗ったバイトルの圧勝

2010年8月、ディップはバイトルのスマートフォン向けアプリ提供を開始し[31]、翌2011年7月にはたらこねっとも続いた[32]。iPhone上陸(2008年)からAndroid普及が本格化した2010年前後、求人検索の主役はPCからスマホへ切り替わり、サイトのスマホ最適化を競合より早く完了させた事業者が検索流入を取った。バイトルは2010年から2012年にかけての検索流入争奪期に先行優位を取り、アルバイト求人サイトのスマートフォン経由のアクセスシェアでマイナビバイトやタウンワーク(リクルート)と並ぶ第一集団の一角を占めた。動画掲載機能を導入して職場の雰囲気を映像で伝える機能を加え、紙媒体・PCサイトと差別化する設計を取った。

  • ディップ 有価証券報告書【沿革】
    • [31]2010年8月にバイトルのスマートフォン向けアプリ提供を開始した
    • [32]2011年7月にはたらこねっとのスマートフォン向けアプリ提供を開始した

2013年12月、ディップは東証マザーズから東証一部へ市場変更した[33]。創業から16年での一部上場で[34]、売上高は2016年2月期に267億円[35]、2018年2月期には連結ベースで381億円へ拡大した[36]。営業利益も2015年2月期の48億円[37]から2018年2月期の108億円へ約2.2倍に伸び、メディア事業の営業利益率は2015年2月期に34.6%、2016年2月期に37.0%、2017[38]年2月期に39.5%と上昇した[39]

  • ディップ 有価証券報告書【沿革】
    • [33]2013年12月に東証マザーズから東証一部へ市場変更した
    • [34]創業(1997年)から東証一部上場(2013年)まで16年だった
  • ディップ 有価証券報告書【セグメント情報】
    • [35]売上高は2016年2月期に267億円だった
    • [36]連結売上高は2018年2月期に381億円だった
    • [38]メディア事業の営業利益率は2016年2月期に37.0%だった
    • [39]メディア事業の営業利益率は2017年2月期に39.5%だった
  • ディップ 有価証券報告書(2015年2月期・単体)
    • [37]営業利益は2015年2月期に48億円だった
  • ディップ 有価証券報告書【沿革】
    • [31]2010年8月にバイトルのスマートフォン向けアプリ提供を開始した
    • [32]2011年7月にはたらこねっとのスマートフォン向けアプリ提供を開始した
    • [33]2013年12月に東証マザーズから東証一部へ市場変更した
    • [34]創業(1997年)から東証一部上場(2013年)まで16年だった
  • ディップ 有価証券報告書【セグメント情報】
    • [35]売上高は2016年2月期に267億円だった
    • [36]連結売上高は2018年2月期に381億円だった
    • [38]メディア事業の営業利益率は2016年2月期に37.0%だった
    • [39]メディア事業の営業利益率は2017年2月期に39.5%だった
  • ディップ 有価証券報告書(2015年2月期・単体)
    • [37]営業利益は2015年2月期に48億円だった

派遣・アルバイト広告市場でのポジショニング確立

2010年代後半、日本の求人広告市場は紙媒体縮小・ネット媒体拡大の構造転換が定常化し、リクルート(タウンワーク/フロムA、Indeed)、マイナビ(マイナビバイト)、ディップ(バイトル)が三強体制を形成した。リクルートが2012年にIndeedを買収し求人検索エンジン領域でグローバル展開を進める一方、ディップは『バイトル』『はたらこねっと』の二枚看板でアルバイト・派遣のミドル領域に資源を集中させた。Indeedや求人ボックスのような検索エンジン型に飲み込まれず、特定セグメントの直接掲載モデルで対抗する設計は、ニッチ寄りで規模上限はあるものの、利益率は高水準を保つ事業構造を作った。

2018年2月期の連結売上高は381億円、営業利益108億円、営業利益率28.4%、当期純利益75億円である。同期のリクルートホールディングス連結営業利益率8〜9%、マイナビ(非上場)の概算と比べても、ディップの利益率は突出しており、特化型の求人サイト事業者として国内最高水準の収益性を実現していた。創業者の冨田氏は『労働市場の情報インフラ』『BAITORU NEXT GENERATION』など、求人広告事業を労働市場のインフラと呼ぶ発信を強め、業界内での自社の役割を再定義する作業を続けた。アルバイト・派遣領域に絞った特化と高利益率の維持という二点が、2010年代後半までのディップの自己定義の中心だった。

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ディップの沿革1997〜2024年における主な出来事を抜粋

時代年月社長・CEO出来事重要度
1997〜2003年マルチメディア端末から始まったベンチャー創業ディップを設立★★
IBMとの提携による人材情報事業の立ち上げと、端末IBM・コンテンツ自社という分担

1998年1月、設立2年目のディップは、コンビニ店頭の情報端末をめぐって競合しかけたIBMと争わず、IBMとのコンテンツパートナー契約を結んだ。端末というハードはIBM、そこへ載せる情報と参加企業の開拓はディップという分担で『無料カタログ送付サービス』を立ち上げた経営判断。

詳細を読む
★★★
コンビニ端末での情報提供サービスを開始★★
インターネットによる派遣社員の求人情報サービス「はたらこねっと」を開始
「はたらこねっと」上でアルバイト情報の提供を開始
新サイト「バイトルドットコム」を開始★★
ヤフー依存からの脱却と、提携解消の通告を受けた上場辞退

2003年12月、東証マザーズへの上場承認を得ていたディップは、上場3日前にヤフーから提携解消を通告され、株式公開の辞退を決めた。ヤフー経由の集客に事業が支えられていた状態を自社集客へ切り替えたうえで、2004年5月27日に改めてマザーズへ上場した経営判断。

詳細を読む
★★★
2004〜2018年マザーズ上場とアルバイト求人市場での首位獲り東京証券取引所マザーズ市場に上場
転職情報サイト「ジョブエンジン」を開始
総合求人ポータルサイト「Dip Jobs(ディップジョブズ)」を開始
冨田英揮正社員求人情報サイト「社員バイトル」を開始
冨田英揮有料職業紹介事業認可取得
冨田英揮インターネットによる看護師専門の転職情報サイト「ナースではたらこ」を開始
冨田英揮「バイトル」スマートフォン向けアプリの提供を開始
冨田英揮「はたらこねっと」スマートフォン向けアプリの提供を開始
冨田英揮東京証券取引所市場第一部に指定替え
2019〜2026年DX事業立ち上げとコロナ禍を経た事業ポートフォリオの再構築冨田英揮アイセールスの株式を取得し持分法適用関連会社に
冨田英揮TRUNKの株式を取得し持分法適用関連会社化
冨田英揮求人広告一本の会社へのAI・RPA事業の新設と、「コボット」による採用後業務への展開

2019年4月、ディップは求人広告を主力としながら新たに『AI・RPA事業』を立ち上げ、同年9月に業務自動化サービス『コボット』の提供を始めた。求人広告で稼ぐ会社が、顧客企業の採用業務そのものを自動化する側へ範囲を広げた経営判断。

詳細を読む
★★★
冨田英揮CVCファンド「DIP Labor Force Solution 投資事業有限責任組合」を子会社化
冨田英揮専門職の総合求人サイト「バイトルPRO」を提供開始
冨田英揮プライム市場に移行★★
冨田英揮生成AIを活用した対話型バイト探しサービス「dip AI」を開始
冨田英揮スポットのバイトサービス「スポットバイトル」を提供開始
出典・参考
  • ディップ 有価証券報告書(2015年2月期・単体)
  • ディップ 有価証券報告書(2021年2月期)【主要な経営指標等の推移】
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