ディップの源流は、創業者の冨田英揮氏が父から引き継いだ英会話スクールの運営にある。大学卒業後に不動産業界などで営業を経験した冨田氏は、父が新たに始めた英会話スクールの経営を任されたが、その矢先のバブル崩壊[1]で資金繰りが悪化し、スクールは赤字に転落、自己破産寸前まで追い込まれた父はスクールの身売りを決断した。冨田氏は売却先を探す過程で新オーナーから現場の経営責任者として残るよう請われ、26歳で引き続きスクール経営に携わった。素人として飛び込んだスクール経営で冨田氏が突き当たったのは、生徒募集の費用対効果という壁で、折り込みチラシによる募集では一人の生徒を獲得する費用が年間授業料を上回[2]ることも少なくなかった。
効率的な集客方法を探していた冨田氏が着目したのは、名古屋市内の国際センタービルに設置された英会話スクール[3]のパンフレットコーナーだった。各スクールのカタログをまとめて並べ月額でラックを貸すこの仕組みからの入学申し込みや問い合わせの件数が突出して多く、広告効果がずば抜けて高いことに気づいた冨田氏は、こうした情報提供の仕組みを量産して各所に設置すればヒットするという発想に至る。これが起業の直接のきっかけであり、その構想は、各種スクールの生徒募集・ブライダル・自動車購入など多分野のカタログを専用の情報端末から取り寄せられるようにし、利用者へ無料でカタログを送付する代わりに、取得した顧客データ[4]を見込み客情報として企業へ販売するというものだった。紙のラックと違い情報端末なら設置場所を取らずカタログ補充の手間も要らない点に、量産と横展開の勝機を見ていた。
起業に専念するため冨田氏は英会話スクールの経営から退いたが、資本金もなく、事業プランを各企業に売り込んでも評価はされるものの商談には至らず、生活費を借金で工面しながら金策に走る日々が2年ほど続いた。転機となったのは、パソナグループの南部靖之氏とソフトバンクの孫正義氏が若手起業家を支援するために設立[5]した『ジャパン・インキュベーション・キャピタル』(JIC)の存在をテレビで知ったことで、送付した事業計画書が認められ、パソナ社内に机を一つ置かせてもらえることになった。JICとパソナの後ろ盾を背景に東京都の保証協会から無担保・無保証の融資も受けられ[6]、1997年3月、冨田氏は愛知県名古屋市中区にディップ株式会社を設立[7]した。創業時の事業目的は、コンビニエンスストア店頭に設置されたマルチメディアステーション端末を媒介とした『無料カタログ送付サービス』の運営である[8]。
会社を設立しても、『無料カタログ送付サービス』を実現する最大の難関は、大量の専用端末をどこにどう設置するかだった。人が集まる場所として大手外食チェーンに的を絞って営業して回るなか、かねて交渉していたマクドナルドの担当者から、同じような端末設置の話をIBMが持ち込んでいると聞かされる。資本力で正面から戦える相手ではないと判断した冨田氏は、IBMに対抗するのではなく提携を申し入れ[9]、IBMが端末というハードを、自社がコンテンツを担うという役割分担に活路を求めた。IBMの端末はすでに都内1000店舗のコンビニエンスストアに設置済みで[10]、あとは参加企業を集めて運用システムを開発するだけだったが、その開発費用は自社負担という条件であり、冨田氏はシステムが未完成のまま年間契約料を先払いで受け取る形でクライアントを集め、開発資金を捻出した。
英会話スクール時代に培った生徒募集のノウハウを転用し、半年で必要な資金とクライアントを確保した冨田氏は、1998年1月、首都圏の各コンビニで『無料カタログ送付サービス』の運用を開始した[11]。翌1999年にはトヨタ自動車や本田技研工業など全116社の参加を得て[12]、早くも約1億円の売上を計上するまでに事業は立ち上がった。設立翌年の1998年5月には本社を名古屋から東京都渋谷区へ移し、同じコンビニ端末を使った『人材派遣お仕事情報サービス』を開始している[13]。コンビニ店頭の端末を情報インフラと見立ててそこへ商材を載せるという、当時としては先進的なチャネル発想が、紙メディアからネットへ移る過渡期の一手として機能した。
『無料カタログ送付サービス』が扱う車・ブライダル・スクール・旅行など各カテゴリーのなかで、クライアントの予想を超える反響を集めたのが『人材派遣』だった。派遣で働きたい求職者が登録先の派遣会社を探していたためで、ある大手派遣会社からは、発信したいのは派遣会社のカタログよりも求職者が求めている仕事の情報だ、という助言を得る。これを受けて立ち上げた『人材派遣お仕事情報サービス』が[14]、後の主力『はたらこねっと』の前身となった。背景には、1986年の労働者派遣法施行から1990年代を通じた派遣市場の拡大と、1999年の派遣業務原則自由化(ネガティブリスト方式への転換)で派遣会社数が急増する局面があり、コンビニ端末発のチャネル発想は、結果として『労働市場の情報インフラ』という今日の同社の自己定義を準備した。
冨田氏はインターネット参入のタイミングを計っていた。自宅でのネット利用者が人口の2割程度[15]に達し今後さらに拡大が見込めると判断したうえで、コンビニ端末からネットにつなげば、ネット環境を持たない残り8割の求職者も取りこぼさず併用でカバーできると考えた。2000年5月、ディップは本社を東京都千代田区へ移し、同年10[16]月にインターネットによる派遣社員の求人情報サービス『はたらこねっと』を開始する。ADSL普及前夜でインターネット接続率が伸び、Yahoo! JapanやGoogleの一般化、楽天市場の急成長などネットメディア事業者の創業ブームが続くなか、リクルートが『FromA』『とらばーゆ』『B-ing』といった紙媒体で求人広告市場を押さえる環境で、ディップはインターネット専業の求人サイトとして派遣・アルバイト領域に立ち位置を絞った。
2001年2月にはたらこねっと上でアルバイト情報の提供を始めると、2002年10月にはアルバイト部門を独立サイト[17]『バイトルドットコム』(現バイトル)として切り出し、派遣の『はたらこねっと』とアルバイトの『バイトル』という二枚看板で雇用形態別に求職者を仕分けるサイト設計を取った。事業拡大を加速させたのがポータル最大手ヤフーとの提携で、2001年11月からアルバイト・請負情報を、2002年1月からは派遣情報をヤフー上で配信[18]し、とりわけ派遣情報はディップの独占だった。集客力の高いヤフー経由でアクセス数は一気に伸び、膨大な求職情報が集まる好循環に入る。この間、2001年9月の大阪オフィス開設、2003年3月の東京都港区への本社移転[19]と、人員規模に応じて拠点を整えた。
一方で冨田氏は、業績がヤフーの集客力で急伸するほどに、その依存への危機感を強めていた。提携効果が高いうちに脱ヤフーを進めるべく、人気女優をイメージキャラクターに起用するなど自社ブランディングに注力する[20]。危機感は的中し、2003年12月にいったん東証マザーズ上場の承認[21]を得ていながら、上場の3日前にヤフーから提携解消を通告され、ディップは上場を辞退した。『ピンチはチャンス』を信条とする冨田氏は、予定していた上場記念パーティーをあえて決行して社員に今後の方針を説き、その場を『ヤフーからの卒業パーティー』と位置づけた。翌年に上場を果たすことになるが(次章)、創業から6年、リクルート系の総合求人サイトが広告露出を独占するなかで、ディップは派遣・アルバイトに特化した専業という[22]ポジションで市場に切り込み、中堅プレイヤーとしての足場を固めた。
2004年5月、ディップは東京証券取引所マザーズ市場に上場した[23]。創業から7年での上場は[24]、2000年代前半のネット系ベンチャーとしては標準的な速度で、上場時の売上高は十数億円規模だった。上場により調達した資金は、TVCMを中心としたマス広告投下に重点配分された。広告費を売上拡大より先行投下する『投資先行型』の財務運営が、上場期のディップの事業モデルの中心に据わった。
2004年7月にプライバシーマーク[25]、2006年11月にISO27001を取得し[26]、個人情報を扱う事業者としての制度面の信頼を整えた。2004年10月の転職情報サイト『ジョブエンジン』、[27]2005年1月の『はたらこ紹介予定派遣』、2005[28]年6月の総合求人ポータル『Dip Jobs』[29]など派生サイトを矢継ぎ早に立ち上げたが、収益の中心は一貫してバイトルとはたらこねっとの2サイトに集中した。2008年のリーマンショック後、派遣業界は2008年末の『年越し派遣村』報道などで派遣切りが社会問題化し、派遣求人市場は急縮小したが、ディップはアルバイト求人『バイトル』と看護師転職『ナースではたらこ』(2009年9月開設)[30]など職種別の特化サイトへ事業を分散させる対応を取り、派遣単独依存の脆弱性を回避した。
2010年8月、ディップはバイトルのスマートフォン向けアプリ提供を開始し[31]、翌2011年7月にはたらこねっとも続いた[32]。iPhone上陸(2008年)からAndroid普及が本格化した2010年前後、求人検索の主役はPCからスマホへ切り替わり、サイトのスマホ最適化を競合より早く完了させた事業者が検索流入を取った。バイトルは2010年から2012年にかけての検索流入争奪期に先行優位を取り、アルバイト求人サイトのスマートフォン経由のアクセスシェアでマイナビバイトやタウンワーク(リクルート)と並ぶ第一集団の一角を占めた。動画掲載機能を導入して職場の雰囲気を映像で伝える機能を加え、紙媒体・PCサイトと差別化する設計を取った。
2013年12月、ディップは東証マザーズから東証一部へ市場変更した[33]。創業から16年での一部上場で[34]、売上高は2016年2月期に267億円[35]、2018年2月期には連結ベースで381億円へ拡大した[36]。営業利益も2015年2月期の48億円[37]から2018年2月期の108億円へ約2.2倍に伸び、メディア事業の営業利益率は2015年2月期に34.6%、2016年2月期に37.0%、2017[38]年2月期に39.5%と上昇した[39]。
2010年代後半、日本の求人広告市場は紙媒体縮小・ネット媒体拡大の構造転換が定常化し、リクルート(タウンワーク/フロムA、Indeed)、マイナビ(マイナビバイト)、ディップ(バイトル)が三強体制を形成した。リクルートが2012年にIndeedを買収し求人検索エンジン領域でグローバル展開を進める一方、ディップは『バイトル』『はたらこねっと』の二枚看板でアルバイト・派遣のミドル領域に資源を集中させた。Indeedや求人ボックスのような検索エンジン型に飲み込まれず、特定セグメントの直接掲載モデルで対抗する設計は、ニッチ寄りで規模上限はあるものの、利益率は高水準を保つ事業構造を作った。
2018年2月期の連結売上高は381億円、営業利益108億円、営業利益率28.4%、当期純利益75億円である。同期のリクルートホールディングス連結営業利益率8〜9%、マイナビ(非上場)の概算と比べても、ディップの利益率は突出しており、特化型の求人サイト事業者として国内最高水準の収益性を実現していた。創業者の冨田氏は『労働市場の情報インフラ』『BAITORU NEXT GENERATION』など、求人広告事業を労働市場のインフラと呼ぶ発信を強め、業界内での自社の役割を再定義する作業を続けた。アルバイト・派遣領域に絞った特化と高利益率の維持という二点が、2010年代後半までのディップの自己定義の中心だった。
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|---|---|---|---|---|
| 1997〜2003年マルチメディア端末から始まったベンチャー創業 | ディップを設立 | ★★ | ||
| IBMとの提携による人材情報事業の立ち上げと、端末IBM・コンテンツ自社という分担 1998年1月、設立2年目のディップは、コンビニ店頭の情報端末をめぐって競合しかけたIBMと争わず、IBMとのコンテンツパートナー契約を結んだ。端末というハードはIBM、そこへ載せる情報と参加企業の開拓はディップという分担で『無料カタログ送付サービス』を立ち上げた経営判断。 詳細を読む | ★★★ | |||
| コンビニ端末での情報提供サービスを開始 | ★★ | |||
| インターネットによる派遣社員の求人情報サービス「はたらこねっと」を開始 | ★ | |||
| 「はたらこねっと」上でアルバイト情報の提供を開始 | ★ | |||
| 新サイト「バイトルドットコム」を開始 | ★★ | |||
| ヤフー依存からの脱却と、提携解消の通告を受けた上場辞退 2003年12月、東証マザーズへの上場承認を得ていたディップは、上場3日前にヤフーから提携解消を通告され、株式公開の辞退を決めた。ヤフー経由の集客に事業が支えられていた状態を自社集客へ切り替えたうえで、2004年5月27日に改めてマザーズへ上場した経営判断。 詳細を読む | ★★★ | |||
| 2004〜2018年マザーズ上場とアルバイト求人市場での首位獲り | 東京証券取引所マザーズ市場に上場 | ★ | ||
| 転職情報サイト「ジョブエンジン」を開始 | ★ | |||
| 総合求人ポータルサイト「Dip Jobs(ディップジョブズ)」を開始 | ★ | |||
| 冨田英揮 | 正社員求人情報サイト「社員バイトル」を開始 | ★ | ||
| 冨田英揮 | 有料職業紹介事業認可取得 | ★ | ||
| 冨田英揮 | インターネットによる看護師専門の転職情報サイト「ナースではたらこ」を開始 | ★ | ||
| 冨田英揮 | 「バイトル」スマートフォン向けアプリの提供を開始 | ★ | ||
| 冨田英揮 | 「はたらこねっと」スマートフォン向けアプリの提供を開始 | ★ | ||
| 冨田英揮 | 東京証券取引所市場第一部に指定替え | ★ | ||
| 2019〜2026年DX事業立ち上げとコロナ禍を経た事業ポートフォリオの再構築 | 冨田英揮 | アイセールスの株式を取得し持分法適用関連会社に | ★ | |
| 冨田英揮 | TRUNKの株式を取得し持分法適用関連会社化 | ★ | ||
| 冨田英揮 | 求人広告一本の会社へのAI・RPA事業の新設と、「コボット」による採用後業務への展開 2019年4月、ディップは求人広告を主力としながら新たに『AI・RPA事業』を立ち上げ、同年9月に業務自動化サービス『コボット』の提供を始めた。求人広告で稼ぐ会社が、顧客企業の採用業務そのものを自動化する側へ範囲を広げた経営判断。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 冨田英揮 | CVCファンド「DIP Labor Force Solution 投資事業有限責任組合」を子会社化 | ★ | ||
| 冨田英揮 | 専門職の総合求人サイト「バイトルPRO」を提供開始 | ★ | ||
| 冨田英揮 | プライム市場に移行 | ★★ | ||
| 冨田英揮 | 生成AIを活用した対話型バイト探しサービス「dip AI」を開始 | ★ | ||
| 冨田英揮 | スポットのバイトサービス「スポットバイトル」を提供開始 | ★ |
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事実根拠:出所(ディップ)