ディップ求人広告一本の会社にAI・RPA事業を新設し、「コボット」で採用後の業務へ踏み込んだ判断
人手不足を伝える媒体であり続けるか、人手不足そのものを埋める側へ回るか
- 概要
- 2019年4月、ディップは求人広告を主力としながら新たに「AI・RPA事業」を立ち上げ、同年9月に業務自動化サービス「コボット」の提供を始めた。求人広告で稼ぐ会社が、顧客企業の採用業務そのものを自動化する側へ範囲を広げた経営判断。
- 背景
- 2018年2月期の連結売上高381億円・営業利益108億円と高い収益性を保つ一方、収益は求人広告のメディア事業にほぼ一本化されていた。少子高齢化に伴う労働力不足の深刻化とAI・RPA市場の拡大が同時に進んでいた。
- 内容
- 「誰でも・手軽に・すぐに」導入できることをうたうFAST RPA「コボット」を開発し、面接日程の自動調整や採用ページ作成など、求人広告の周辺業務を自動化する商品群として売り出した。並行して関連会社化とCVC設立で外部の技術を取り込んだ。
- 含意
- 立ち上げ直後のコロナ禍でメディア事業の売上が3割減った期に、DX事業はまだ売上10億円・営業損失4.4億円であった。5年後の2025年2月期には売上67億円・利益34億円、営業利益率約50%と、メディア事業を上回る利益率の第二の柱に育った。
媒体を売る会社が、業務を売れるか
この判断の中心にあるのは、求人広告という商品の届く範囲を、顧客の困りごとの側から測り直した点である。人手が足りない企業に対して、募集の告知は入口までしか担わない。面接の日程調整も、採用ページの作成も、応募が来たあとに現場が抱える手間であり、そこはこれまで媒体の外側に置かれていた。ディップが2019年に選んだのは、その外側へ商品を伸ばし、求人広告で築いた中小企業への販路をそのまま使うことであった。新しい市場を探すのではなく、既存の顧客の隣にある未処理の業務を取りにいったとみることができる。
もっとも、媒体を売る組織と業務システムを売る組織は、必要な人材も納品後の関わり方も異なる。DX事業が209名で利益率50%に達している事実は、商品が売れていることを示すと同時に、この規模を何倍かにしたときにも同じ効率が保てるかという問いを残している。コロナ禍で露わになった景気感応度をならすには、二本目の柱がメディア事業の振れを吸収できる規模まで育つ必要がある。求人広告の周辺業務という近い場所から始めたことが、拡張の速さを担保するのか、それとも到達できる範囲を先に決めてしまうのかは、これからの数年で見えてくるとみられる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
求人広告一本で積み上がった収益
2010年代後半のディップは、求人広告事業者として高い収益性を保っていた。2018年2月期の連結売上高は381億円、営業利益は108億円で、2014年2月期の営業利益17億円から4年で6倍を超える伸びである。スマートフォンへの移行期に「バイトル」の検索流入を確保し、掲載企業が増えるほど求職者が集まり、求職者が集まるほど掲載企業が増えるという循環が回った結果であった[1]。
ただし、その収益は求人広告というひとつの事業から出ていた。求人広告の掲載料は顧客企業の採用意欲に直結し、採用意欲は景気に直結する。2008年のリーマンショック後に派遣求人市場が縮んだ際は、看護師転職の「ナースではたらこ」など職種別サイトへ分散して切り抜けたが、いずれも同じ求人広告の内側での分散にとどまっていた。景気が変われば全事業が同じ方向へ振れる構造は、規模が大きくなるほど重くなる[2]。
人手不足とAI・RPA市場の拡大
同じ時期、顧客企業の側では人手そのものが集まらなくなっていた。ディップはのちのリリースで、日本における少子高齢化に伴う労働力不足の深刻化と、AI・RPA市場の拡大を挙げている。求人広告は募集を告知する手段であって、応募が来ない、あるいは選考が回らないという状態そのものを解くわけではない。媒体を売る会社にとって、顧客の困りごとが「募集の告知」から「人手が足りないまま業務を回すこと」へ移っていた[3]。
人手不足の濃さは産業によって偏っていた。ディップは、運輸業・飲食サービス業・建設業といった労働集約型の産業でその傾向が強いとみていた。これらはいずれも「バイトル」の主要な掲載先であり、求人広告の顧客がそのまま業務自動化の見込み客に重なる。求人広告で築いた中小企業への販路を、別の商品を運ぶ経路として使えるかどうかが、新事業の成否を分ける条件であった[4]。
決断
2019年4月、AI・RPA事業の新設
2019年4月、ディップは求人広告のメディア事業と並ぶ新しい事業区分として「AI・RPA事業」を設けた。あわせて「Labor force solution company」を新たなビジョンに掲げ、人材サービスとAI・RPAサービスの双方を扱う会社と自らを定義し直した。求人広告の会社が労働力の不足そのものを埋める会社へ、看板を書き換える判断であった[5]。
事業区分を作ることと、売る商品があることは別である。2019年8月28日、ディップは本社での発表会でFAST RPA「コボット」を公表し、翌9月に提供を始めた。コンセプトは「誰でも・手軽に・すぐに」導入できることに置かれた。当時のRPAは、専門人材を抱える大企業が業務を棚卸ししたうえで導入する道具であり、中小企業には手が届きにくい。導入の敷居を下げる一点に商品設計を寄せた[6][7]。
自社開発と外部調達を並べる
新事業の技術は自社開発だけに頼らなかった。2019年1月にクロス・オペレーショングループ(旧アイセールス)、同年3月にTRUNK株式会社の株式を取得して持分法適用関連会社とし、事業新設の前後で外部のHR-Tech企業を手元に置いた。求人広告で30年近く積んだ販路に、他社が持つ自動化技術を載せるという組み立てである[8]。
2020年10月には、コーポレートベンチャーキャピタルファンド「DIP Labor Force Solution 投資事業有限責任組合」を連結子会社とした。労働力ソリューション領域の新興企業へ資金を入れ、そこから商品や提携先を得るための仕組みである。メディア事業の稼ぎを、求人広告の外側にある技術へ配るという資本配分が、この時期に定まった[9]。
結果
コロナ禍が示した第二の柱の必要
新事業を始めた翌年、コロナ禍が主力を直撃した。飲食・宿泊・小売のアルバイト需要が急減し、2021年2月期の連結売上高は325億円と前期比で3割減り、営業利益は73億円と4割強落ちた。求人広告の景気感応度の高さが、これ以上ないほど明瞭に表れた期であった[10]。
一方、DX事業の同期の売上は10億円、営業損失は4.4億円であった。立ち上げから1年半では、メディア事業の落ち込みを埋める規模にほど遠い。第二の柱が要るという判断は正しかったが、要ると気づいてから育つまでの時間差が、そのまま業績の振れとして残った。2019年に始めていなければ、この期の同社にはメディア事業以外の数字がひとつも無かったことになる[11]。
5年後の利益率50%
コロナ禍が明けると、DX事業は利益を出す事業に変わった。2023年10月には、同年3〜8月期のDX事業の利益が前年同期比31%増の13億円になったことを材料に株価が一時6%高となり、中堅・中小企業向けの「コボット」シリーズの好調が伝えられた。面接日程を自動調整する「面接コボット」、派遣会社の営業先リストを作る「HRコボット」、採用ページを作る「採用ページコボット」など、求人広告の周辺業務を刻んだ商品群が売上を伸ばした[12][13]。
2025年2月期のセグメント別売上は、人材サービス事業が497億円、DX事業が67億円である。DX事業の全社売上に占める割合は12%まで上がり、利益は34億円、営業利益率は約50%で、人材サービス事業の約37%を上回った。従業員数は人材サービス事業1,727名に対しDX事業209名で、少ない人数で利益を出す構造にある。立ち上げから5年で、求人広告に一本化されていた収益に、性質の異なる二本目が加わった[14][15]。
- ディップ「FAST RPA『コボット』提供開始」ニュースリリース(2019年8月28日)
- ディップ「沿革」(公式サイト・個人投資家向けIR)
- ディップ 有価証券報告書【沿革】
- ディップ 有価証券報告書(2018年2月期・連結/2014年2月期・単体)
- ディップ 有価証券報告書(2021年2月期)【主要な経営指標等の推移】【セグメント情報】
- ディップ 有価証券報告書 第28期(2025年2月期)【セグメント情報】【従業員の状況】
- 日本経済新聞(2023年10月12日)「ディップ、一時6%高 DX事業での増益を好感」