筆者の見解
技術の起源を保持し続けることの価値
この決断の核心は、経営会議で下された事業戦略ではなく、一人の研究員が2年ごとに与えられた基礎研究のテーマ設定のなかで下した技術的な選択にあったと推察される。負極に炭素材料を選ぶという判断は、当時は電池の量産や事業化の成否を左右する経営上の一手として意識されていたわけではなかった。だが、この技術的判断こそが、その後30年余りにわたる旭化成の電池事業の浮き沈みを超えて生き残る資産となったと思われる。
量産面では合弁の解散という後退を経験しながら、基本特許という無形の資産を保持し続けたことが、2019年のノーベル化学賞受賞に結実した点に、この事例の含意がある。事業化の速さでは先行する競合に譲っても、技術の起源を押さえ続けることの価値を示した事例といえる。全固体電池を巡る開発競争が新たな山場を迎えるいま、基礎研究への継続投資をどう位置づけるかという吉野氏自身の問いかけは、旭化成に限らず日本の製造業にとって今も重い意味を持つと推察される。
Yutaka Sugiura, 2026年7月