この判断の中心にあるのは、競合と映った相手を、自社に欠けている設備の提供者として読み替えた点である。無料カタログ送付サービスという構想は、端末という物理的な設置網なしには成立しない事業であり、その設置網こそディップが持ち得ないものであった。同じ場所を狙う相手が先に設置を終えていたという事実は、普通には敗色として読まれる。冨田氏はそれを、自社が資金を投じずに接点を使える機会として受け取った。競争の土俵をハードからコンテンツへずらすことで、資本の差が勝敗を決めない領域へ事業を移しただろう。
もっとも、他社の設置網に乗るという形は、その網の持ち主に事業の前提を委ねることでもある。ディップはのちにヤフーとの提携でも同じ形をとり、そこでは提携解消の通告という別の帰結に直面した。設備を持たずに情報の中身で稼ぐという型は、身軽さと引き換えに、チャネルの持ち主が方針を変えれば足元が動く性質を伴う。創業期のこの選択は、その両面をあらかじめ含んでいたとみられる。