筆者の見解
王者の岐路が問いかけたもの
1998年の電通が立たされたのは、業績が傾いたための岐路ではなかった。売上高は過去最高を更新し、市場シェアは2割を超えていた。にもかかわらず、メディアの多様化・広告主の要求・外資の進出という三つの変化は、電通の強さそのものであった"広告枠の確保能力"を、少しずつ相対化していくものであった。好調のさなかに構造変化の兆しを読み、営業局の組み替えと上場・海外拡大に動いた点に、この判断の性格がうかがえる。
もっとも、組織や上場という枠組みを整えることと、事業モデルそのものを組み替えることは、同じではない。上場は実現し、コンサルやデジタルへの試みも始まったが、広告枠に依存する収益構造や海外の弱さは、その後も長く電通の課題として残った。1998年の岐路で描いた事業モデルの組み替えがどこまで実現したのかは、後年の海外大型買収やデジタルシフトの成否のなかで、あらためて問われていくだろう。
Yutaka Sugiura, 2026年7月