この提携を中国市場への足がかりという言葉だけで説明するのは、事の半分しか捉えていない。リーマン・ショックで二期連続の赤字を計上し、自己資本比率を落とした昭和電線ホールディングスにとって、富通集団からの約60億円の払込みは、痛んだ財務を外部資本で下支えする現実的な意味を持っていた。しかもその代償として、1936年に東京電気から分離して以来の東芝系という出自を象徴する筆頭株主の座を、中国企業へ譲った。財務の必要と出自の重みが交錯する選択であったのだろう。
もっとも、提携が財務再建をただちに成し遂げたわけではない。増資を受けた翌年度の2013年3月期に純損失64億円を計上したことは、資本の注入だけでは電線事業の低収益を反転できなかったことを示している。財務の本格的な回復は、2018年に就任した長谷川隆代社長がROIC経営で資本効率へ切り込むまで時間を要した。危機のなかで外部資本を受け入れる判断は、時間を稼ぐ手立てではあっても、事業そのものの立て直しに代わるものではなかったといえる。