ライフネット生命保険KDDIとの資本業務提携と、インターネット直販単独からの多チャネル化
新契約が半減した先駆者は、信用と販路をどこから調達したか
- 概要
- 2015年4月20日、ライフネット生命保険が取締役会でKDDIとの資本業務提携契約の締結と、KDDIを割当先とする第三者割当増資を決議した。5月22日に800万株を発行して30億4,000万円を調達し、KDDIは議決権の15.95%を持つ筆頭株主となった。
- 背景
- 新契約件数は2011年度・2012年度の6万件超を境に減少し、2014年度はピーク時の半分以下に落ちた。ネット生保は2社から8社に増え、開業以来の赤字も縮まらず、中期計画の経常収益目標は150億円から95億円へ引き下げられていた。
- 内容
- KDDIを提携専属代理店として「auの生命ほけん」を販売する。2016年度からの新中期計画は「インターネット直販」「KDDI」「対面代理店」の3つを事業の柱に据え、2018年度の経常収益135億円と経常損益の黒字化を目標に掲げた。
- 含意
- 出口治明会長は提携の狙いを「信用の補完」と語った。信用と販路とスマートフォン対応を同じ相手から受け取る一方、独立系として開業した会社の資本構成は性格を変えた。KDDI側の持株比率は2017年度末に25.02%まで上がった。
借りた信用と、失った輪郭
数十年続く契約を売る会社では、新興であること自体が売れない理由になる。出口治明氏が挙げた狙いが資金ではなく「信用の補完」であったのは、値下げでも新商品でも新契約の減少に歯止めがかからなかった後の言葉として読むと重い。商品と価格で解けない問題が残ったとき、手元にあった手は、自社の外から信用を借りることであった。開業以来の看板であったネット直販単独を実質的に外した判断は、この順序で見るほうが理解しやすい。
ただし、この提携が失速を止めたとは言い難い。auチャネルは会社自身が「当初の想定よりもチャネルの活用が十分には実現していない」と書く水準にとどまり、2018年度の経常収益135億円は未達に終わった。新契約の反転を支えたのは、結局インターネット直販への営業費用であった。「ネット専業をやめた」という要約も正確ではない。自社で営業職員を抱えない原則は保たれ、変わったのは販路の数と、議決権の4分の1を通信会社が握るという資本の出所であった。
Yutaka Sugiura, 2026年8月
背景
新契約が半分になった
2011年度と2012年度に6万件を超えたライフネット生命保険の新契約件数は、そこを頂点に減少へ転じた。2014年度はピーク時の半分以下にとどまっている。開業以来の赤字も縮まらず、2013年度からは開業後5年間だけ保険業法で認められていた事業費の繰り延べ分53億円を5年で均等償却する処理が加わり、損失はむしろ膨らんだ。契約獲得時に経費が集中する生命保険で赤字が先行すること自体は珍しくないが、件数の落ち込みはそれでは説明がつかなかった[1][2]。
対策を打たなかったわけではない。2014年5月には主力の定期保険と医療保険を見直し、開業後初となる保険料の引き下げと新商品の投入に踏み切っている。それでも新契約件数の減少に歯止めはかからなかった。2013年5月に公表した中期計画は2015年度の経常収益150億円を目標に掲げていたが、2014年11月には95億円へ引き下げている。価格と商品を動かしても届かないものが、失速の底にあった[3][4]。
失速の理由は一つではない
失速の原因を一つに絞るのは難しい。ネット生保市場は2008年のアクサダイレクト生命とライフネットの開業に始まり、2011年に3社が加わって2015年には8社が販売していた。出口治明会長は「池の水(ネット生保の市場)が十分に増えないのに、釣りざお(プレーヤー)が増えた」と述べている。オリックス生命のように代理店と同じ品揃えをネットにも並べる会社も現れた。商品を絞ってわかりやすさを守るライフネットの方針は、競合の商品開発担当者から制約になっているとみられていた[5][6]。
商品そのものにも壁があった。保険選びでは年収や家族構成、子どもの年齢によって考えるべき事情が変わる。価格の安さと手続きの手軽さだけでは、その差を埋めきれなかったとみられる。のちに森亮介社長は、パソコンからスマートフォンへの移行に乗り遅れたこと、無理に黒字を出そうとして顧客獲得をおろそかにしたことを、この時期の誤りとして挙げている。出口氏は東日本大震災を機に人から買う意識が強まったとも説明したが、それだけで急ブレーキを説明するには足りなかった[7][8]。
決断
資金ではなく信用を買う
2015年4月20日、ライフネット生命保険は取締役会で、KDDIとの資本業務提携契約の締結と、KDDIを割当先とする第三者割当による新株発行を決議した。KDDIが保険主要株主となることについて内閣総理大臣の認可を得たうえで、5月22日に800万株を発行し、30億4,000万円を調達している。この増資でKDDIは議決権の15.95%を持つ筆頭株主となり、社外取締役1名を派遣した。KDDIはライフネットのその他の関係会社となった[9][10]。
出口治明会長は、この提携の狙いを「信用の補完」と率直に語った。生命保険の契約は数十年続くため、この会社はずっと大丈夫なのかと問われることが新興企業の弱みになる、というのが同氏の説明である。調達した30億円より、契約者に対して会社の存続を説明できることのほうが重かった。KDDIの田中孝司社長も、金融に力を入れる立場から歓迎した。課題であったスマートフォン対応の面でも、通信事業者ほど適した相手は他になかった[11][12]。
ネット直販単独という前提を外す
販路を外へ開く動きは、提携の前から始まっていた。2014年12月、ライフネットは来店型保険ショップ最大手のほけんの窓口グループと代理店契約を結んでいる。出口氏は「対面で相談したいと意識が変わっていることは事実。手をこまぬいていてはダメ」と述べた。KDDIとの提携はその延長にあり、2016年度からの新中期計画は「インターネット直販」「KDDI(提携専属代理店)」「対面代理店」の3つを事業の柱に据えた。3つのいずれも外部の販路であり、自社で営業職員を抱える案は採らなかった[13][14]。
2016年4月からは、KDDIを代理店として「auの生命ほけん」の提供が始まった。ウェブサイトとauショップ、auフィナンシャルサポートセンターを組み合わせ、通信と生命保険を束ねて売る形である。出口氏は2017年に、保険会社の理念はよい保険をわかりやすく安く届けることがすべてであり、「自らネット専業と規定する必要はまったくない」と述べている。開業時の看板を、理念ではなく手段の側に置き直した[15][16]。
結果
新契約は反転したが、auは想定どおりに動かなかった
提携初年度にあたる2015年度の新契約件数は25,150件で、前年度比89.9%と減少が止まらなかった。反転はその翌年からになる。2016年度と2017年度は2年続けて前年を上回り、2017年8月に発売したがん保険「ダブルエール」以降は対前年同月を超える月が並んだ。会社はこの時期を再成長の段階と捉えている。ただし伸びを支えたのはインターネット直販への営業費用の投下であり、提携で得たはずの販路ではなかった[17][18]。
一方でKDDIチャネルは、会社自身の記述が示すとおり立ち上がりが鈍かった。2018年3月期の有価証券報告書は、インターネット直販で新契約の獲得効率が想定どおりには改善せず、KDDI及び代理店チャネルでも「当初の想定よりもチャネルの活用が十分には実現していない」と記している。2018年度の経常収益135億円という目標は未達の見込みとなり、業績予想は120億円へ引き下げられた。信用と資本は即座に効いたが、販路としてのauは想定した速度で動かなかった[19]。
筆頭株主の重みが増し、そして薄れた
KDDIの持株比率は2015年度末の15.94%から、2017年度末には25.02%へ上がった。有価証券報告書はKDDIを主要株主かつ筆頭株主と記し、資本業務提携と取締役1名派遣を関係内容に挙げ、その他の関係会社として扱っている。2019年にKDDIが金融事業を持株会社へ集約したことで、株式はauフィナンシャルホールディングスへ移り、2019年度末の比率は24.92%となった。提携から4年で、通信会社が議決権の4分の1を握る会社になっていた[20][21]。
その後の増資は資本を厚くする一方で、筆頭株主の持分を薄めた。公募増資と第三者割当を重ねた結果、比率は2021年度末18.36%、2024年度末18.33%、2026年3月末18.32%まで下がっている。そして2026年4月30日、auフィナンシャルホールディングスは保有する全株式を日本航空へ譲渡することで合意し、資本提携は解消へ向かった。信用の補完を求めて迎えた筆頭株主は、11年を経て通信から航空へ入れ替わる[22][23]。
- 週刊東洋経済 2015年5月23日号「核心リポート02 失速するライフネット ネット生保に厚い壁」
- 週刊東洋経済 2017年4月15日号「この人に聞く ライフネット生命保険 会長 出口治明 ネット生保は数兆円規模に」
- 週刊東洋経済 2019年12月14日号「危うい会社2 終わらない連続赤字 最長は18年連続のぷらっとホーム」
- ライフネット生命保険 有価証券報告書(2016年3月期)
- ライフネット生命保険 有価証券報告書(2018年3月期)
- ライフネット生命保険 有価証券報告書(2026年3月期)
- ライフネット生命保険 有価証券報告書(大株主の状況)