ライフネット生命保険の歴史

生命保険のネット販売
Last Updated: | Author: @yusugiura
創業経緯 2004年〜2008年

ネット販売に特化した生命保険会社を構想

2004
出口治明氏が「生命保険入門」を執筆

2004年時点で日本生命の社員であった出口治明氏は、保険業界の問題構造を指摘した書籍『生命保険入門』を岩波書店から出版した。インターネットが普及する中で、すでに自動車などの損害保険がネット販売に移行している趨勢から、出口氏は生命保険に関してもインターネットによる販売が当たり前になることを予想した。これらの考察は、ライフネット生命の創業の布石となった。

出口氏が書籍出版を決意した背景には、日本生命においてキャリアの展望が描きづらくなったことがあったという。当時、出口氏は56歳であり、この時点で日本生命の資産運用を担う不動産の子会社に出向していたため、本社での出世が難しくなっていた。そのため、生命保険業界から身を引くことを考えつつ、業界から身を遠ざけるという意味で「遺書」として書籍を出版したという。

この意味で、ライフネット生命という法人としての創業は2006年だが、アイデアを含めた考察に関しては2004年の時点で固まっていたと言える。

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2006
ネットライフ企画株式会社を設立

投資家の谷家衛氏(あすかアセットマネジメントCEO・当時44歳)は、『生命保険入門』で出口治明氏を知り、インターネットによる生命保険会社の立ち上げを提案した。出口氏は提案を受入れ、日本生命を退職して起業家に転身した。

また、谷家氏は、出口氏を支えるための共同創業者として、岩瀬大輔氏(当時30歳・HBS卒)に声をかけた。岩瀬氏は、ハーバードビジネススクールに留学していた際にブログを書いており、それが谷家氏の目に止まったことが、共同創業者としての誘いのきっかけであった。

そして、2006年にライフネット企画株式会社を設立し、代表取締役社長に出口氏(58歳)、代表取締役副社長に岩瀬氏(30歳)がそれぞれ就任した。なお、株主として谷家氏(44歳)の「あすかアセットマネジメント」が出資に関わっていると推察される。

創業当初は、国内で約70年ぶりとなる生命保険会社の営業を目指した。生命保険の業務には金融庁などからの免許取得が必要であり、各省庁への折衷活動を開始した。同時に、生命保険の業務システムの設計、保険事業に必要な資金調達に奔走し、免許を受けた際に備えて生命保険の営業準備を進めた。

yusugiura
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新しいメディアによって発見された共同創業者

出口氏と岩瀬氏は、ともに出版・ブログという媒体によって発見されたビジネスパーソンであった。

2006年当時、出版業界では新書ブームの最中で、ネットではブログが急速に注目を集めていた。その意味で、他人に読まれる文書を書く「ライティング」の能力に、共同創業者は長けており、ライネット生命の起業後もビジネス書のベストセラーを世に送り出した。

出口氏の代表著書は『座右の書「貞観政要」』、岩瀬氏の代表著書は『新入社員1年目の教科書(2011年)』である。両氏ともに、書籍の執筆以外にも、さまざまなメディアインタビューで露出していた時期があり、2010年代前半を中心に経済メディア上での論客としても活躍した。

なお、岩瀬大輔氏のブログは、留学中にその生活などを綴ったものであったという。2005年前後は国内でブログが普及した時期であり、SNSも未発達だったため、稀有な経験をした一般人のブログが広く読まれている時代であった。

http://blog.livedoor.jp/daisuke_iwase/

現在も岩瀬氏のブログは残っているが、2018年に岩瀬氏がライフネット生命から「卒業」した記事がラストとなり、現在に至るまで更新はされていない。2022年3月時点でSSL/TLSは非対応であり、時代を感じる。

爆速成長 2008年〜2012年

ネット販売に特化した生命保険会社を構想

2007
第三者割当増資により131億円を調達。共同創業者は株式を保有せず

2007年から2008年3月にかけて、ライフネット生命は保険業の免許取得のために金融庁に掛け合うとともに、事業に必要な資金調達を実施した。

必要な資金は金融機関からの借入ではなく、資本調達することで自己資本比率を高めることを優先し、2008年3月までに累計で131億円の調達を実施した。未上場のベンチャー企業が100億円以上の資金を集めたことで注目が集まった。

2007年はリーマンショックの直前であり、資本市場の好況がライフネット生命の資金調達を支えたと言える。この意味で、資金調達があと半年遅れていた場合、リーマンショックに直面するため、大規模な資金調達に失敗していた公算が高い。

なお、共同創業者である出口氏と岩瀬氏の2名は、株式を保有しなかったものと推察される。資金調達が完了した2008年4月時点で、ライフネット生命が公表した株主リストは、筆頭株主が同率でマネックス(18.54%)とあすかDBJ(18.54%)であり、保有者リストの一覧に共同創業者の名前はないことから、創業者が株式保有をしないという珍しい株主構成となっていた。

2012年の株式上場直後の有価証券報告書においても、出口氏と岩瀬氏は、ともに持株数の記載がない。

yusugiura
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ほぼ株を持たない創業者?

資本政策を調査したときに、目を疑った。あっと驚く資本政策。開いた口が塞がらないとは、このことだろう。

ちなみに、2014年6月の時点で出口氏は19400株、岩瀬氏は15000株の保有を公表した(おそらく新株予約権の行使による株取得・売却数は不明)が、この時期の株価291円〜488円から逆算すると、株式保有によるリターンは限定的だろう。

2008
商号をライフネット生命保険に変更。免許取得を受けて営業活動を開始

2008年にライづネット生命は、内閣総理大臣(金融庁)より生命保険への参入が認められ、同年5月から営業活動を開始した。

主力商品として「かぞくへの保険(定期死亡保険)」と「じぶんへの保険(就寝医療保険)」の販売を開始するとともに、同年4月には商号を「ライフネット生命保険株式会社」に変更する。

商品の販売に当たっては、共同創業者が街頭でのテッシュ配りや、SNSにおける購入のお礼の挨拶など、積極的に営業活動にコミットした。

なお、顧客から調達した現金の運用法は、現金のまま保持するのではなく、国債と社債を中心に運用し、株式投資などのリスクを背負わない方針で運営した。2012年の株式上場時点で、ライフネット生命は現預金4.2億円に対して、有価証券138億円(大半が国債)を保有しており、資産運用ではリスクを回避していた。

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2012
東証マザーズに株式上場

2012年にライフネット生命は東証マザーズに上場し77億円の資金を調達した。

業績低迷 2013年〜2017年

競合の台頭とスマホ対応への遅れによって成長が鈍化

2013
受託会社への開発委託を継続。スマホ対応に遅れ

2010年代を通じたスマートフォンの普及により、PCを前提とした集客導線を構築していたライフネットは、顧客獲得で苦戦するようになった。

2016年にライフネット生命は「スマートフォンへの対応」を経営の重要事項と認識し、2016年12月に申し込み手続きのペーパーレス化を導入したが、スマホの普及ペースからすると後手に回った観がある。

当時の記事によれば、2012年の時点でライフネット生命のマーケティング部を中心に、スマホ対応の重要性を認知していらしい。しかし、この時点でスマホ対応するためのエンジニアやデザイナーの採用には至らなかった。このため、スマホで実現可能な購入体験について、エンジニアリングやデザインの視点から、継続的に改善する組織体制は構築されなかった。

なお、ライフネット生命は申し込みの導線となる「webシステム」について、内製ではなくシンプレクスなどのベンダーに委託しており、受託開発の形態をとってしまったことでスマホ対応の遅れにつながった可能性がある。ライフネット生命は、受託会社への指示を繰り出すディレクション業務のみを行なっており、自社でプロダクトの開発は行なっていなかった。

この結果、申し込みフローにおけるUX/UIの改善スピードが低下し、顧客の獲得に苦戦した。ライフネット生命の将来性が悲観され、株価は上場時点の1200円台から、2015年1月には300円台へと低迷する。

yusugiura
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技術力のないネット企業?

PCからスマホへのシフトに乗り遅れた最大の理由は、ライフネット生命にエンジニアや、UX/UIのプロが不在だったことかもしれない。

生命保険の複雑な業務フローをシステムに落とし込む要件定義力はあるものの、プロダクトとして販売するUX/UIやエンジニアリングは、似て非なるものと言える。同じシステムという範疇だが、正確性が要求される業務システムに対して、販売の接点となるUX/UIはABテストを繰り返し行うアジャイルさが求められるため、価値観が全く違う。この頭の切り替えは、当事者にとって非常に難しく、ライフネット生命や受託会社を含め、うまくできなかった可能性がある。

当時のライフネット生命には、経営のプロや、マーケティングのプロが結集していたものの、エンジニアリングやUX/UIのプロが不在だったことが、ウィークポイントだったのかもしれない。

なお、2022年時点でライフネット生命は、アプリケーションエンジニアの正社員を募集しており、徐々に内製化に舵を切りつつある。ただし、技術スタックに関しては「Java」「Vue.js」としかなく、給与水準が未提示だったりと、専門職の募集にしては情報不足な感がある。したがって、同社はエンジニア採用市場において、競争劣位と思われる。

2015
KDDIと業務資本提携して販路を強化。販売チャネルの複合化を志向

2015年にライフネット生命は、KDDIと業務資本提携を締結し、資金を調達するとともに、auユーザーに対する保険の販売を開始した。また、2014年10月〜12月にかけて、スルガ銀行、豊通保険パートナーズ、ほけんの窓口といったリアルチャネルを持つ企業とも、ライフネットの商品に関する販売契約を締結した。

販売チャネルの拡大によって、ネット経由での生命保険の販売の難しさが浮き彫りとなり、競合によるネット生保への参入も相次いだことから、ライフネットの将来性を悲観するメディア記事も多くなった。

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2017
出口治明氏が取締役を退任

2015年のKDDIとの業務資本提携によって販路を拡大したものの、依然として競合のネット生保の台頭や、正社員の共働きの定着による生命保険という商品の必需性の低下などにより、ライフネット生命の商品販売は苦戦した。

株主の視点からすると、この時期にSaaSベンチャー企業が台頭して、ネット企業における年間成長率が30%を超える中で、ライフネット生命の保険料収入の伸び率は7〜8%以下であり、相対的に見劣りした。ライフネット生命の業容は、拡大したものの「急成長企業(グロース)」としての期待に応えることが難しかった。

2017年にライフネット生命の共同創業者である出口治明氏は、同社の取締役を退任して経営を退いた。その後、2018年から出口氏は、大分に拠点を置く立命館大学APUの学長に就任し、実業界から教育界に転身した。

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経営改革 2018年〜2021年

社長交代による経営改革に着手。再成長を目指す

2018
森亮介氏が代表取締役社長に就任。加入者増に向けた経営改革に着手

岩瀬大輔氏が社長を退任し、後任に森亮介氏(当時34歳)が代表取締役社長に就任した。森亮介氏はゴールドマンサックスを経て、2012年にライフネット生命に入社(当時28歳)して新商品の開発などに携わった。なお、2018年6月の株主総会において、森亮介氏を代表取締役社長に選出する議案は、95.09%の賛成で株主によって可決された。

交代の経緯は不明だが、思うように契約数が伸びず、大株主の意向によって、社長交代に結びついたものと推察される。議決権行使結果を見ても、95%の賛成比率であったことから大株主の同意を取った上での交代であったと思われる。

森亮介氏は、業務提携の強化による販路の拡大や、スマホ対応における集客改善、就業不能保険などの新商品の開発といった打ち手を繰り出し、ライフネットの新規加入者獲得を目論んだ。

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2019
岩瀬大輔氏が取締役を退任

2018年に開催したライフネットの株主総会において、取締役の選任に関して、岩瀬大輔氏が同社の経営陣の中で最も低い賛成比率92.11%(前年比▲2.51%)であることが臨時報告書において公表された。

2019年に岩瀬大輔氏はライフネット生命の取締役を退任し、同社の経営から退いた。これにより、ライフネット生命からは共同創業者2名が、全員去ることになった。

その後、岩瀬氏はAIAの経営陣を経て、日本企業における社外取締役や、ベンチャー向け投資ファンドの経営陣として業務に従事している。

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2020
海外投資家から約80億円を調達

ライフネット生命(森亮介社長)は、外部の専門家(シニフィアン)からのアドバイスを受けつつ、大規模な資金調達を決定した。コロナ禍によってネット生保の申し込み数が伸びる中で、成長資金を確保する狙いがあった。

成長資金は国内ではなく、海外の機関投資家からのオーバーアロットメントを実施し、第三者割当増資によって90億円の資金調達を実施した。

このときに、保険業という営業の初期費用が高いビジネスに対して、その費用対効果を明確にするためにEV(Embedded Value)という指標概念を提唱した。これは、一時コストはかかるものの、継続的に収益を生む点に着目した指標であり、保険業をSaaSに見立てることで、海外の機関投資家に対する株式保有の説得材料とした。

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