ライブドア株式100分割の実施と、投資事業組合を用いた自社株売却益の営業利益計上
株価は何によって作られるのか——分割と益出しを組み合わせた収益の仕組み
- 概要
- 2004年2月に1株を100株へ分割し、株式交換で買った会社の株式を投資事業組合を経由して売却することで、その益を本体の営業利益に計上した一連の判断。2007年3月の東京地裁判決は、この投資事業組合を脱法目的で組成されたものと認定した。
- 背景
- 2001年以降のライブドアは買収の対価を自社株で払っており、自社の株価が高いほど少ない希薄化で会社を買えた。株価を保つことが買収を続ける条件になっていた。大規模な分割は権利落ちから新株発行までの需給を逼迫させ、株価を押し上げる効果を持つ。
- 内容
- 100分割の直後にTOBでバリュークリックジャパンを子会社化し、投資事業組合が現金で買った出版社を同社が株式交換で買収する形をとった。子会社ターボリナックスでも、上場前に株式の一部を実質一体の投資事業組合へ転売し、売却益40億円以上を営業利益に計上した。
- 含意
- 2005年9月期は連結営業利益127億円に対し金融部門だけで146億円を稼いだ。粉飾と認定された額は約53億円で、堀江貴文元社長に懲役2年6か月の実刑判決が下った。
株価を作る作業が事業の中身になった
特別利益より経常利益のほうがよく、浮動株が少ないほうが株価も上がりやすい——宮内亮治氏がこう語ったのは、逮捕の11日前の取材である。悪びれる様子はなかった。自社株を対価に会社を買い、買った会社の株価を分割で押し上げ、その売却益を営業利益へ載せる。この循環は、株価が上がり続けるかぎり回り続ける。株価を作る作業そのものが事業の中身になっていたとみることができる。
ただ、装置を組んだ本人が、それを焼き畑農業と呼んでいた点は見落とせない。シングルAの格付けを取り、金利1%前半で普通社債を出せれば無茶をしなくて済む——宮内氏がそう語った直後に、循環は外から止められた。分割と益出しは、事業の利益が育つまでの時間を買う手立てとして始まったのかもしれない。買った時間の使い道が定まる前に、手段のほうが目的の位置に居座ったといえる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
自社株を対価に会社を買う型
2001年から2004年にかけて、ライブドアは株式交換による子会社化を重ねた。パイナップルサーバーサービス、アットサーバー、スプートニク、クラサワコミュニケーションズ、ターボリナックスと、対価に現金ではなく自社株を使う型が定着する。対価となる株の価値が高いほど、少ない希薄化で相手を買えた。加えて2004年3月の買収資金120億円は銀行借入で賄い、4月の増資357億円で返済する計画であった。株価を高く保つことは、買収を続ける条件であると同時に、資金繰りの条件でもあった[1][2]。
分割そのものは2003年8月20日の10分割から始まっている。2004年の10分割の際には、堀江貴文社長が村上世彰氏らへ自らの保有株を貸し、村上氏らは得た3億円のうち1億円をライブドア証券へ手数料として支払った。分割の権利落ち後に生じる需給の不均衡を、特定の投資家とともに利用する取引が、この時期すでに行われていた[3]。
大規模分割が株価に効く仕組み
株式を大規模に分割すると、権利落ちから新株が発行されるまでの間は流通する株数が足りず、株価が急騰しやすい。100分割を決めた当時のライブドアの時価総額は約1200億円で、うち大株主の堀江貴文社長が40%を握っていたため、市場に流通していたのは720億円分であった。100分割すれば、新株が割り当てられるまで市場には7億円分の株券しか残らない。それに対して1日の売買代金は100億円に達する日もあった[4]。
実際にバリュークリックジャパンの株価は、分割発表の直前から実質で一時36倍まで膨らみ、新株発行後も分割公表前の10倍近い水準が数日続いた。ライブドア本体でも、株式の最低取引単位で割った発行済株式単元数は10億4915万口に達し、NTTドコモの20倍超・トヨタ自動車の約30倍となる。2005年11月8日に東証1部が史上最高の出来高を記録した日には、単元数ベースで全出来高の71.2%をライブドア株が占めた[5][6]。
決断
100分割が決まるまでの30分
100分割が決まったのは2003年11月19日であった。米国出張から戻り成田空港で車に乗り込んだ堀江貴文社長の携帯電話に、経営企画管理本部担当で執行役員副社長の熊谷史人氏から、その日の役員会へ100分割を提案してよいかという連絡が入る。堀江社長は30分考えたうえで了承した。それまでの株式分割は多くて21分割で、熊谷氏は事前に株式アナリストを通じて機関投資家の意見も聞いていた[7][8]。
掲げた目的は株主数にあった。熊谷史人氏は、通信料金請求代行のインボイスが21分割を発表したことに負けたくなかった、歴史に残ることをやりたかったと振り返る。分割後、ライブドアの株主数は12万人を超え、ヤフーの5万1000人を上回った。堀江貴文社長は、ヤフーを超えるためにまず株主数で勝つために100分割したと述べている。2004年1月から株価は15日連続のストップ高を記録し、時価総額は8000億円を超えて楽天を抜いた[9][10][11]。
100分割と株式交換日の変更
2004年2月20日、ライブドアは1株を100株へ分割した。翌3月23日にはTOBでバリュークリックジャパンを子会社化する。売上高8億円で3000万円の営業赤字だった会社を、37億円弱で買った。買収直後から株価は急騰し、5月にはTOB価格の5倍以上になる。ライブドアは1500株ずつを相対取引で処分し、15%弱の売却で買収金額の約半分にあたる18億円を回収した[12]。
同年10月25日、バリュークリックジャパンは出版社マネーライフ社を株式交換で買収する方針を発表した。ただしそれ以前に、ライブドアの金融子会社が主に出資する投資事業組合が現金でマネーライフ社を買っている。当初12月1日に予定されていた株式交換は、分割による新株が発行される2005年1月20日へ延期された。買収の成立時期と開示の時期がずれた点が、のちに捜査の焦点になった[13]。
投資事業組合という装置
投資事業組合を挟む狙いは三つあった。上場する子会社の浮動株を減らして需給を逼迫させること、子会社株の売却益をライブドア本体の営業利益へ計上すること、本体にかかるロックアップを回避することである。取締役の宮内亮治氏は取材に対し、特別利益より経常利益のほうがよいと述べ、浮動株が少ないほうが株価も上がりやすいと説明した[14]。
この型が最も分かりやすく働いたのがターボリナックスであった。ライブドアは2004年5月に株式交換で同社を完全子会社化し、その3か月後、ライブドアファイナンスと実質一体のLinux投資事業組合へ株式の一部を転売する。2005年9月の上場に際して生じた売却益40億円以上は、通常なら特別利益となるところ、ライブドアの売上高と営業利益に計上された[15]。
結果
決算に現れた仕組みの成果
2005年9月期の連結売上高は784億円、当期純利益は155億円に達した。ただし連結営業利益127億円に対して、金融部門だけで146億円を稼いでいる。その内訳はターボリナックス株の売却益40億円、MSCBの引き受け35億円、トレーディングなど18億円、投資銀行業務12億円で、いずれも自社と買収先の株価に左右される収益であった[16]。
仕組みを作った側は、それが長続きしないことを承知していた。宮内亮治氏はMSCBを焼き畑農業と呼び、いつまでも続かないと漏らしている。同じ取材で同氏は、シングルAの格付けを取れそうであり、そうなれば金利1%前半で普通社債を出せて資金調達が楽になるとも語った。無茶をせずに済む段階へ移る見通しが立ちかけた時期であった[17]。
司法が認定した範囲
2006年1月16日の家宅捜索を経て、2007年3月16日、東京地裁の小坂敏幸裁判長は堀江貴文元社長に懲役2年6か月の実刑を言い渡した。判決は、投資事業組合が脱法目的で組成されたものと指摘し、実質的には子会社のライブドアファイナンスがライブドア株を売却したのであって、その益の計上は認められないと断じている[18]。
ただし裁判で争われたのは、繰り返された取引のごく一部にとどまる。粉飾と認定された額は約53億円で、この数字だけを見れば実刑は重いという評価も出た。一方でライブドアは、こうして保たれた株価を背景にMSCBを含め資本市場から2000億円近くを調達しており、判決はその点を捉えて証券市場の公正性を害する極めて悪質な犯行と述べている[19]。
- ライブドア 有価証券報告書 第10期(2005年9月期)【主要な経営指標等の推移】
- ライブドア 有価証券報告書 第11期(2006年9月期)【沿革】
- 日経ビジネス 2004年9月6日号「ライブドアの虚像と実像 狙いは「株主を顧客に」、株価上昇へ奇策連発」
- 週刊東洋経済 2006年1月28日号「東京地検特捜部が強制捜査 ライブドア錬金術、突然の破局」
- 週刊東洋経済 2006年2月4日号「ライブドア 徹底解明 第1部 堀江式錬金術の全手口」
- 週刊東洋経済 2006年2月4日号「ライブドア 徹底解明 第2部 大幅分割、MSCB、高PER…ライブドアを生んだ株式市場の「歪み」」
- 週刊東洋経済 2007年3月31日号「堀江実刑判決の“正しい”読み方」