この判断の核心は、規制と支援を同時に受けてきた国策会社が、その両方を手放して自らの判断だけで立つと決めた点にある。政府と9電力という確実な後ろ盾は、安定の源であると同時に、経営の自由を縛る枠でもあった。上場によって電源開発は3750億円を市場から得て、外国人を含む世界の投資家を株主に迎えたが、その代わりに、困っても政府に駆け込めない立場を引き受けた。中垣喜彦社長が繰り返した"独立独歩"という言葉には、支援がなくなる不安と、自分で決められる高揚とが同居していたとみられる。
もっとも、民営化は自由化の完成を意味しなかった。電源開発の発電能力の大半は依然として電力会社との相対契約に縛られ、市場へ振り向けられる余地は限られていた。卸電力の専門会社が"民営化の星"であり続けられるかどうかは、電力会社という最大の顧客との関係を保ちながら、いかに海外と新規事業で稼ぐ収益源を育てられるかにかかっていた。国の後ろ盾を外した企業が、規制と市場のあいだで自らの居場所をどう定めるのか——その問いは、上場の一日ではなく、その後の経営の積み重ねのなかで答えが出るものといえる。