双日 航空機ファイナンス損失処理 総額2500億円に及ぶ一括処理と、手を付けてこなかった事業への切り込み
更新:
何をなぜ決めたか
- 概要
-
2004年7月23日、発足間もない双日が、保有不動産の含み損処理や低採算事業からの撤退などにより総額2500億円規模の損失を処理し、優先株の発行などで同規模の増資を実施する新再建計画を発表した経営判断。西村英俊社長は、旧日商岩井が守ってきた航空機ファイナンス事業までも縮小・撤退の候補に挙げた。
- 背景
-
ニチメンと日商岩井の統合で2004年4月に生まれた双日は、主要融資銀行であったUFJの大口融資先であった。UFJが三菱東京フィナンシャル・グループとの統合を決めたことで、格付けの引き下げと短期借入金への依存が資金繰り懸念を呼び、双日は信用不安を静める再建策を急いだ。
- 内容
-
新計画は総額2500億円規模の損失処理と同規模の増資を掲げたが、どの事業から撤退するのかは示さなかった。西村英俊氏(社長)は損失処理額を 『あくまで目算値』 と認めつつ、旧日商岩井にとって精神的な支えだった航空機ファイナンスにも初めて縮小・撤退候補のレッテルを貼った。
- 含意
-
銀行の都合に追われた再建で、事業の選別より財務と人員の圧縮が先行した。旧ニチメン系と旧日商岩井系の資産評価をめぐる対立が表面化し、商社他社は双日の事業争奪に動いた。統合直後の双日が抱えた最も苦しい再建の入口であった。
いつ何が起きたか 6件
筆者の見解
銀行に背を押された会社は、どこまで自ら事業を選べるか
この判断の中心には、自らの意思ではなく銀行の都合によって統合し、その後始末を急がされた総合商社の苦しさがある。本来であれば、どの事業を残しどの事業から撤退するかを見定めてから損失を確定するのが筋であろう。しかし双日に与えられた順序は逆で、格付けと資金繰りに追われ、事業の選別を先送りしたまま総額だけを掲げる再建策の発表に追い込まれた。西村英俊社長が損失処理額を"目算値"と呼んだ言葉に、その順序の転倒がにじんでいるだろう。
聖域への切り込みも、内実は容易ではなかった。旧日商岩井にとって航空機は"名門"の誇りをつなぐ事業で、その販売権から撤退するかどうかで社内は割れ、撤退の詳細は約束の期日までにまとまらなかった。効率の論理だけでは、来歴の異なる二つの組織を一つの再建へ統合しきれなかったといえる。もっとも、この苦しい入口をくぐったからこそ、双日はその後の10年で財務を立て直し、上位商社を追うだけではない独自の色を探し始めた。銀行に背を押されて発足した会社が、どこまで自らの意思で事業を選べるのか——双日が問い続けてきたのは、この一点であったとみられる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
業績の推移
同じ問いに直面した会社
同じ問いに直面した会社
参考文献
- 日経ビジネス 2004年8月2日号
- 日経ビジネス 2004年8月30日号
- 双日 有価証券報告書(2005年3月期)
- 双日 有価証券報告書(2016年3月期)
- 双日 有価証券報告書【沿革】