タダノ死亡事故を受けたラフテレーンクレーン15,278台のリコール届出とCSR憲章の制定

使う側の誤操作か、作った側の設計か——日本で最初に過負荷防止装置を作った会社が問われた対応の遅れ

更新:

時期 2004年12月
意思決定者(推定) 多田野宏一 社長
論点 製品の安全と、欠陥把握から届出までの時間
概要
2004年8月に岡山県の国道でタダノ製ラフテレーンクレーンが起こした死亡事故を受け、同年12月に8型式16機種15,278台のリコールを届け出た経営判断。対象は1983年から1998年に製造された機体で、同社として最大規模のリコールであった。
背景
同社は1970年に日本初のラフテレーンクレーンTR-150を、1972年に日本初の過負荷防止装置AMLを開発し、安全装置を性能と並ぶ商品価値として売ってきた。ラフテレーンクレーンは一つの運転席から走行とクレーン操作の両方を行う構造を持つ。
内容
ブームが後方180度の位置にあると運転席も後方を向き、走行ハンドルの操作方向が逆になる。誤作動防止装置がブームの位置を誤って認識し、運転者の意図しないまま逆方向にハンドルが作用するトラブルが判明した。国土交通省は、同社が欠陥を把握しながら看過し対応が遅れたと判断している。
含意
リコール費用1.5億円は販管費で処理され、業績への影響は限られた。同社は2005年からCSRの推進を本格化して2006年1月にCSR憲章を定め、2019年にはコアバリューへコンプライアンスのCを加えている。社内では「絶対に忘れてはいけない3つの重要な出来事」の一つとして語り継がれた。
筆者の見解

知ってから届け出るまでの時間

国土交通省が問題にしたのは、欠陥があったことではなく、それを把握しながら看過してリコール対応が遅れた点であった。機械に不具合が出ること自体は、どのメーカーにも起こりうる。1972年に日本で最初の過負荷防止装置を作り、危険な操作を機械の側で止める思想を売ってきた会社が、自社の装置の誤作動を知りながら届出を先延ばしにした——その落差が、15,278台という数字より重かったとみられる。事故で亡くなったのは、機械を買った人でも操作した人でもなく、国道を走っていた33歳の女性であった。

費用は1.5億円で済み、業績はほとんど揺れていない。むしろ数字に出ないところに影響が残った。CSR憲章を定め、コアバリューにコンプライアンスのCを足し、この一件を社内で語り継ぐ三つの出来事の一つに置いた。ただ、同じ三つには過去4件の労災死亡事故も並んでいる。制度を整えることと、現場で人が死なないことは別の話で、後者は憲章を作った時点では終わらない。安全を商品価値として掲げる会社ほど、その距離を測り続ける必要があるといえる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

安全装置を日本で最初に作った会社

1970年、タダノは日本で最初のラフテレーンクレーンTR-150を世に出した。不整地や狭い場所で使う自走式クレーンで、一つの運転席から走行とクレーン操作の両方を行う構造を持つ。1972年には日本初の過負荷防止装置AMLを開発している。吊り荷の重さと作業半径から転倒の限界を計算し、危険な操作を止める装置である。以後この会社の商品説明では、安全装置が吊り上げ能力と並ぶ位置を占め続けた[1][2]

装置を自社で開発すれば、その装置が働かなかったときの責任も自社へ返る。しかも売る相手と使う人は同じではない。直接の販売先はレンタル会社であり、渡した1台がどの現場で誰に操作されるかは作り手の側から見えない。クレーンが動くのは工事現場だけでなく、そこへ向かう公道でもある。見えない使われ方まで含めて安全を設計するという課題を、この会社は製品の性格として最初から負っていた[3]

岡山の国道で起きたこと

2004年8月7日、岡山県船穂町の国道2号線で、同社製のクレーン車がワゴン車に突っ込んだ。ワゴン車を運転していた33歳の女性が死亡し、同乗していた子供5人が重軽傷を負っている。工事現場での事故ではなく、公道を走行中の事故であった。売った相手でも操作した人でもない通行者が巻き込まれた点で、この事故は製品の安全をめぐる問いを外へ広げた[4]

原因は操作の誤りではなく、構造の側にあった。クレーンのアームは360度回転し、後方の180度位置になると運転席も後方を向く。このとき車を動かすハンドルの操作方向も逆になるため、逆ハンドルスイッチがその位置での操作に対応していた。ところがアームが前方へ戻っているにもかかわらず後方を向いていると認識し、運転者が意図しないまま逆方向にハンドルが作用するトラブルが起きることが分かった[5]

決断

二十年前に売った機械まで呼び戻す

2004年12月、タダノは8型式16機種15,278台のリコールを届け出た。対象は1983年から1998年にかけて製造された機体で、同社として最大規模のリコールにあたる。売ってから20年以上が経った機械まで遡って呼び戻す判断であった。クレーンの平均寿命は約30年と長く、初期の対象車はレンタル会社や中古市場を経て所有者が変わっているものも含まれる。台数を数えることと、その1台ずつに届くことは同じではない[6][7][8]

届出の内容以上に重かったのは、行政の判断であった。国土交通省は、同社が誤作動防止装置などに欠陥が生じていたことを把握していたにもかかわらずこれを看過し、リコールなどの対応が遅れたとみている。欠陥の存在そのものではなく、知ってから届け出るまでの時間が問われた形になる。日本で最初に過負荷防止装置を作った会社にとって、この指摘は商品の売り文句と正面から衝突するものであった[9]

結果

費用は1.5億円、残ったのは制度

業績への影響は限られた。週刊東洋経済2005年1月8日号の「会社四季報」最新情報は、8月にセンサー故障から起きた死亡事故で6月以前に製造された1万5千台超をリコールしたと伝え、費用1.5億円を販管費で処理するため減額は小幅にとどまるとした。そのうえで、販売の見送りが拡がれば再度の減額もあるとも記している。15,278台に対する1.5億円という金額は、会社の業績を揺るがす規模ではなかった[10]

残ったのは制度と言葉であった。同社は2005年からCSRの推進を本格化し、2006年1月にCSR憲章を定めている。品質の意味を、顧客が満足するかどうかから、社会に対して負う責任へ広げる作業がここで始まった。2019年の創業100周年には、安全・品質・効率を並べたコアバリューにコンプライアンスのCを加え、C+SQEへ改めている。事故のあとに増えたのは製品の仕様ではなく、判断の手順であった[11][12]

忘れてはいけない三つのうちの一つ

14年後、多田野宏一社長は統合報告書で、社員に伝える「絶対に忘れてはいけない3つの重要な出来事」を挙げた。一つ目が1998年から2002年にかけての3回の人員整理、二つ目が2004年のリコール問題、三つ目が過去4件の労災死亡事故である。三つのうち二つが人の命に関わる出来事であった。景気の波でも不運でもなく、自社の備えの問題として社内に置き直した記録が、そこに残っている[13]

事故の対象となったラフテレーンクレーンは、その後も主力であり続けた。2023年時点で北米市場のシェアは5割を超え、テキサス州の石油・天然ガス開発の需要が同社の収益を牽引している。安全装置の不具合で人命に関わった機種が、二十年後に会社を支える製品として売れ続けている。作った側にとって、この機種をめぐる記憶は成功と失敗の両方に結びついている[14]

出典・参考
  • タダノ 有価証券報告書(2006年3月期・連結)
  • タダノ 統合報告書2018
  • タダノ 統合報告書2019
  • タダノ 統合報告書2023
  • レスポンス(2004年12月14日)「逆に切れるハンドル…タダノのクレーン車に欠陥」
  • 週刊東洋経済 2005年1月8日号「『会社四季報』最新情報」
  • 週刊東洋経済 2017年2月25日号「この人に聞く タダノ社長 多田野 宏一 「トランプ特需」に即対応 海外でM&Aも仕掛ける」
  • 週刊東洋経済 2023年10月7日号「トップに直撃 タダノ 社長CEO 氏家俊明 「北米の油ガス需要が牽引 中国の安値攻勢には警戒」」

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