コマツの決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

手元に育った蓄積の上でしか主力を替えられなかった。1947年に完成したD50から毎年のように新型ブルドーザーを投入していたため、朝鮮特需の砲弾が細ると見た1956年に大阪工場の生産を砲弾からブルドーザーへ切り替えることができた。売上高の72%を占めた砲弾を手放しても、代わりの主力はすでに育っていた。1968年には油圧ショベルへ10年遅れで参入し、自主開発の頓挫を米ビサイラス・エリー社との提携で補って総合建設機械メーカーへ進む。対して1993年に決めたシリコンウエハーへの集中投資は蓄積のない領域への進出で、コマツ電子金属への1300億円超の設備投資が半導体不況と重なり、1999年3月期に連結決算の導入以来初の赤字を招いた。

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