クボタの決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

祖業を抱えたまま、主力だけを鋳鉄管から農業機械へ移した。1960年3月に純国産トラクタT15形を発売し、耕うん機の延長ではなく乗用トラクタ・収穫機・田植機という完成機の体系へ資源を移した。減反政策で国内需要が頭打ちになると、1972年9月にはクボタトラクターCorp.を米国に設立し、米国大手が手薄な25〜30馬力の区画へ入った。一方、1990年5月に掲げた「落下傘型」と称した多角化では未経験の分野へ次々と参入したものの、第3の収益源には届かず、2003年に住宅建材を分離している。祖業の側でも2005年6月に旧神崎工場の石綿疾病を公表し、鋳鉄管とともに扱った石綿の代償を負った。多角化で作ろうとした事業は残らず、現在も売上の87%は機械が占める。

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