芙蓉グループ6社による共同設立(1969年・芙蓉総合リースの決断)更新:2026/07/26論点リースに集団の共同出資で参入するか丸紅飯田と富士銀行を軸とする共同出資による総合リース会社の設立何をなぜ決めたか:丸紅飯田と富士銀行を軸とする共同出資による総合リース会社の設立概要1969年5月、丸紅飯田(現・丸紅)を中心に、富士銀行(現・みずほ銀行)・安田信託銀行・安田火災・安田生命の金融機関4社と芙蓉開発を加えた芙蓉グループ6社が、資本金1億円で芙蓉総合リースを設立した。本社は東京都千代田区大手町二丁目4番地の新大手町ビルに置かれた。背景日本に総合リース会社が生まれたのは1963年で、1969年時点の業態の歴史は5年余りにすぎなかった。先発3社の成長に刺激され、1968年後半から大手金融機関と系列総合商社を母体とする後発会社の設立が相次いだ。旧富士銀行を軸とする芙蓉グループは、旧財閥系に比べ結束の弱さを指摘されていた。内容単独の銀行子会社でも単独の商社子会社でもなく、商社と都市銀行の双方を母体に据えた。リース会社は物件を自ら購入して貸すため長期資金を要し、同時に物件と販路を要する。丸紅飯田が営業網と物件調達を、富士銀行が資金調達の基盤を担う構図であった。含意1971年に証券〈新規上場会社紹介〉が大手リース18社を資本系列で分類した表で、芙蓉総合リースは"商社金融機関系"に置かれた。同年に予告された業界再編を、同社は統合される側ではなく統合する側で通過し、丸紅とみずほ銀行は今日も大株主として残っている。いつ何が起きたか8件考察:二つの資源を一つの会社に同居させたこと考察考察:二つの資源を一つの会社に同居させたこと丸紅飯田が共同出資の中心に立ち、富士銀行の持分は各8%の一角にすぎない——"銀行系リース会社"という後年の呼び名だけでは、この出発点は見えにくい。芙蓉総合リースが揃えたのは、物件を買い続けるための長期資金と、それを売り込むための営業網という、片方では足りない二つの資源であった。自己資本比率3.3%で回る業態で大手行を株主に持つことは資金繰りの前提であり、仕入の45.3%が株主商社経由という同業の数字は、商社が名前だけの出資者ではないことを示している。ただ、二頭を並べたことがそのまま強さになったわけではない。設立から30年余りを経て芙蓉系リース3社の統合を担い、今日も丸紅とみずほ銀行が株主名簿に残っているのは、その調整を打ち切らずに続けた結果だと思われる。Yutaka Sugiura, 2026年7月概況参考文献参考文献参考日経ビジネス 1971年2月8日号日経ビジネス 1971年4月19日号日経ビジネス 1971年10月18日号証券アナリストジャーナル 1971年 第9巻第2号証券 1971年5月号(第23巻第5号)芙蓉総合リース 有価証券報告書【沿革】芙蓉総合リース 有価証券報告書(2025年3月期)【大株主の状況】次に読む決断同じ問い:資本提携による資金調達1998年さくら銀行さくら銀行三井物産・トヨタへ増資要請公的資金に先立つ三井グループ各社への約3000億円の増資要請1998年2002年アズビルアズビルハネウエルとの資本解消保有株1,099万株の自己株式取得による、49年続いた提携の終幕2002年2003年住友金属工業住友金属工業新日鉄と資本提携神戸製鋼所を加えた三社での相互出資と、国内鉄鋼再編に向けた足場固め2003年2008年さくらインターネットさくらインターネット双日への第三者割当増資商社を引受先に迎えて資本を入れ直すことによる債務超過の解消2008年2010年パルコパルコ日本政策投資銀行へCB発行森トラストの増資提案の見送りと、150億円の資金調達先の選び直し2010年×出所