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主要株主の変遷

デジタルガレージ→CCC→電通→KDDI

親会社が二転三転しても独立を保てたのはなぜか——カカクコムの資本の来歴

時期 2002年6月
意思決定者 主要株主(デジタルガレージ・CCC・電通・KDDI)
論点 資本構成と独立性
概要
カカクコムは2002年にデジタルガレージ(DG)の連結子会社となって以降、主要株主だけがCCC、電通、KDDIへと入れ替わりながら、いずれの買い手も過半を握らず、事業の独立を保ち続けた。2026年にはDGとKDDIが約38%の共同保有を届け出て、非公開化をめぐる争奪戦の前提を作った。
背景
価格.comは1997年に槙野光昭が創業し、2001年12月に槙野は投資会社ICPの穐田誉輝へ約25億円で売って退いた。翌2002年6月、デジタルガレージが株式の45%を7億2,000万円で取得して連結子会社化し、2003年に東証マザーズ、2005年に東証一部へ上場を進めた。
内容
2009年にDGがCCCへ約181億円で株を譲って持分法適用関連会社へ移り、2012年にCCCが電通へ約200億円で、2018年に電通がKDDIへ約793億円で保有株を売り渡した。各回とも取得比率は15〜20%にとどまり、過半を握る親会社は現れなかった。
含意
Tポイント、ネット広告、au経済圏と、買い手の狙いは毎回変わったが、事業の主導権は移らず、経営陣は入れ替わらなかった。2018年以降はDGが約20%の筆頭、KDDIが約17%の第2位で固まり、2026年に両者が約38%の安定株主ブロックへまとまった。
筆者の見解

親会社が二転三転しても事業が揺らがなかったのはなぜか

カカクコムの資本の来歴で目を引くのは、主要株主が創業者から穐田、DG、CCC、電通、KDDIへと次々に替わりながら、事業の担い手と方針がほとんど動かなかった点にある。鍵は、DGが2002年に握った45%の親会社の座を、株式上場と2009年の譲渡を通じて早々に持分法の範囲へ薄めたことにあった。過半を持つ支配株主が不在になったため、以後の買い手はいずれも15〜20%の少数株主として加わるほかなく、経営陣を入れ替えたり運営へ深く踏み込んだりする力を持たなかった。資本の所有が転々と移っても、事業の統治は連続していた。

買い手の狙いは、Tポイントの生活者データ、クチコミのネット広告転用、au経済圏の拡大と毎回異なったが、共通していたのは、高収益のネット資産に少数で資本参加しつつ、その独立した運営には手をつけないという距離の取り方だった。この距離が、退く株主に取得時を上回る売却益をもたらし、迎える株主には成長企業への接点を与える一方で、カカクコム自身には経営の自由を残した。2018年以降にDGとKDDIが固め、2026年に約38%として明示された安定株主のまとまりは、四半世紀かけて積み上がった資本の来歴の到達点であり、支配株主なき独立企業の帰属をだれが決めるのかという、非公開化をめぐる争奪戦の問いへと直接つながっていく。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

創業者の早期売却と独立系ベンチャーの手離れ

価格比較サイト「価格.com」は1997年、当時24歳の槙野光昭が有限会社コアプライスとして立ち上げた個人サイトに始まる。槙野は2001年12月、28歳のときに運営会社を、穐田誉輝が率いる投資会社アイシーピー(ICP)へ約25億円で売り渡して経営から退いた。穐田は1999年にICPを設立し、2000年にカカクコムの取締役、2001年に代表取締役社長へ就いて、売り手から事業の担い手へ回った。槙野はのちのインタビューで、5億円を稼いだら辞めると早くから決めていたと語っており、創業者の個人的な出口が、価格.comの資本を外の投資家へ開く最初の契機となった。この時点で、事業を作った人物と資本を握る人物が分かれ、以後の株主交代の下地ができた[1]

デジタルガレージによる連結子会社化と上場

穐田のもとでカカクコムは独立系のネット企業として利用者を伸ばしたが、株式上場と事業拡大には、資本と経営の後ろ盾が欠かせなかった。2002年6月、インターネット関連事業を手がけるデジタルガレージ(DG)が、カカクコム株の45%を7億2,000万円で取得し、役員の過半を送り込んで連結子会社に組み入れた。発行済み株式の半分近くに対して取得額が7億円台にとどまった事実は、上場前のカカクコムがなお小さな企業だったことを映していた。前年に創業者が退いたばかりの会社にとって、この親会社化は、上場を目前にした資本と信用の裏づけを得る取り決めでもあった。DGは資本の後ろ盾となりつつ、日々の運営はカカクコムの経営陣へ委ねた[2]

DGの傘下に入ったカカクコムは、2003年10月に東証マザーズへ株式を上場し、2005年3月には東証一部へ昇格した。親会社の下にありながらも、価格.comの運営方針や商品設計は創業以来の経営陣が握り続け、DGは資本参加者として利益を受け取る立場に近かった。過半の株式と役員を押さえつつ事業の細部には踏み込まないこの距離感が、のちに主要株主が入れ替わっても事業が揺らがない下地となった。上場によってカカクコム株は市場で日々売買される資産となり、DGにとっては、保有株を必要に応じて第三者へ譲って現金化できる持ち駒にもなった。この二つの性質が、次の十数年にわたる主要株主の交代を可能にした。

決断

CCCへの株式譲渡と持分法への移行

上場後のカカクコムで最初に動いたのは、事業そのものではなく、親会社DGの持ち株だった。2009年5月、DGは保有株の一部にあたる58,360株をカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)へ180億9,160万円で譲り、5月25日に決済を終えた。この譲渡でCCCは20.31%を持つ筆頭株主となり、DGも同じ20.31%で並んだ。かつて7億円台で握った持ち株の半分近くが、7年を経て180億円超の値をつけた計算になる。CCCの狙いは、TカードとTポイントを通じて集めた生活者データを、価格.comのネットサービスと結ぶことにあった。譲渡の結果、カカクコムはDGの連結子会社から外れ、DGとCCC双方の持分法適用関連会社へと移った[3]

電通の出資とKDDIへの全株売却

主要株主の入れ替わりは、そこで止まらなかった。2012年5月23日、CCCは保有株の一部にあたる875万4,000株を電通へ約200億円で譲り、電通は15.06%を持つ第2位株主となった。筆頭株主のDGは約20%を保ち続け、電通はその次に収まった。電通の狙いは、利用者が価格.comや食べログへ書き込むクチコミの蓄積を、自社が扱うインターネット広告へ生かすことにあった。テレビや新聞を主力としてきた広告代理店が、消費者の生の評価が集まるネットの資産へ、資本参加を通じて接近した動きでもあった。CCCにとっては、3年前に180億円台で取得した持ち株の一部を売って利益を確定しつつ、Tポイント連携の関係は残す選択だった[4]

その電通も、6年後にはカカクコムから退いた。2018年8月2日、電通は保有株の全て、3,501万6,000株(16.63%)を1株2,264.87円、総額約793億円でKDDIへ売却し、同じ日にKDDIはカカクコムと資本業務提携を結んだ。KDDIは「au経済圏」を通信の外側へ広げる一環として、価格.comと食べログの集客力を取り込もうとした。電通は全株を手放してカカクコムから退き、持分法適用関連会社から外した。撤退にあたって電通は、除外がグループの連結損益に与える影響は軽微だと説明しており、この出資が財務の柱ではなく事業連携の手立てだったことをうかがわせた。第2位株主の座は電通からKDDIへそのまま引き継がれた[5][6]

結果

過半なき主要株主の交代と安定株主ブロックの形成

DG、CCC、電通、KDDIと主要株主が四度替わっても、いずれの買い手も取得比率は15〜20%の範囲にとどまり、過半を握る親会社は最後まで現れなかった。持分法の範囲での資本参加が続いたため、価格.comと食べログの運営はカカクコムの経営陣が握り続け、主要株主の交代が事業の主導権に及ぶことはなかった。この間も業績は伸び、連結売上高は2012年3月期の185億円から、新型コロナ前の2020年3月期には610億円へ拡大した。株主が入れ替わるたびに、退く側は取得時を上回る価格で持ち株を現金化し、迎える側は高収益のネット企業への足がかりを得るという取引が繰り返された。

2018年にKDDIが第2位株主となって以降、DGが約20%の筆頭、KDDIが約17%の第2位という並びが固まった。2026年3月期の時点でもこの構成は続き、両者を合わせた比率は議決権のおよそ4割に達した。2026年5月、DGとKDDIは共同保有者として合計約38%を保有する大量保有報告を提出し、それまで別々に動いてきた二大株主が明示的にまとまった。過半には届かないものの、株主総会の特別決議を左右しうるこのブロックの成立は、直後に表面化するEQTらによる非公開化提案への備えという意味合いを帯びた。四半世紀を通じて過半なき株主が交代してきた末に、二大株主が初めて足並みをそろえる並びへと移った[7][8]

出典・参考