カカクコム食べログの立ち上げと「第二の柱」化
価格比較の会社は、なぜ別ブランドで食のクチコミを立ち上げ、最大の柱に育てたのか
- 概要
- 2005年3月、価格.comに収益を頼っていたカカクコムが、飲食店のユーザー投稿型クチコミ・評価サイト「食べログ」を別ブランドで立ち上げた新規事業の判断。社員2人・サーバー1台で始めた小さな試みは、掲載料と予約手数料を積み上げ、のちにグループ最大の売上・利益源へ育った。
- 背景
- 2000年代半ばのカカクコムは価格.com単一事業に業績を頼っていた。2004年10月に入社した村上敦浩氏は、飲食店は価格でなく食べた人の評価で選ばれるとし、価格.comの中でグルメを扱えば安さ中心の印象になるとして、穐田誉輝社長のもとで別ブランドでのクチコミサイト立ち上げを求めた。
- 内容
- 価格.comで償却済みの機器を流用し、社員2人・サーバー1台で開設した。ブロガーの投稿を呼び込み、検索に強い店舗データベースを整えて利用者を伸ばし、2008年3月に月間521万人へ拡大。2012年にはレストランのネット予約を始め、飲食店の掲載料・予約手数料を収益の柱に加えた。
- 含意
- 食べログ事業の売上は2020年3月期に263億円へ達し、グループ売上の43%を占めて価格.comを上回る最大の事業となった。コロナ禍で3割超落ち込んだのち回復し、2025年3月期は売上335億円・セグメント利益181億円、設立20年で年間予約が初めて1億人を超えた。
価格比較の隣に築いた「食」のプラットフォーム
食べログの出発点には、価格.comという成功した創業事業への依存を薄めたい、という新規事業の動機があった。ここで選ばれたのは、価格.comの機能を広げて食を取り込む道ではなく、あえて別ブランドを立てる道だった。安さを競う色を持ち込めば、店を選ぶうえで肝心の評価が埋もれる——村上氏のその読みが、価格比較で名を上げた会社に、自らの看板を新規事業へは貸さないという選択をとらせた。同じユーザー投稿型の手法を、扱う市場だけ替えて別の看板へ移した設計だった。投稿とデータベースと検索という価格.comの強みを、ブランドだけ切り離して外食へ持ち込んだところに、この判断の要があった。
その別ブランドは、20年をかけて会社の稼ぎ頭へと入れ替わった。ネット予約という送客の課金モデルが掲載料とともに収益を支え、売上ではグループ最大に届き、コロナ禍の3割減を経てもなお2025年3月期に335億円まで戻した。創業事業の延長線上に第二の事業を積むのではなく、需要の異なる市場へ別ブランドで踏み出し、そこで首位規模まで育てた。価格比較と食のクチコミという、扱う対象も課金の仕方も違う二つの事業を、同じ投稿型の運営思想で束ねてきた。単一事業のリスクへの答えを、模倣でも買収でもなく、自前で立ち上げた新規事業として用意した経緯として、食べログの立ち上げは読める。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
価格.com依存というリスクと新規事業の担い手
2000年代半ばのカカクコムは、パソコン部品や家電の最安値を集める価格比較サイト「価格.com」に収益の大半を頼っていた。この主力は勢いよく伸びていたものの、収益源が一つに偏ること自体が経営の弱さでもあった。穐田誉輝社長のもとで映画.comやフォートラベルなど周辺の情報サービスへ幅を広げてはいたが、いずれも規模はまだ小さかった。2004年10月、新規事業の担い手として村上敦浩氏が入社する。価格比較で培ったユーザー投稿と検索の運営ノウハウを別の領域へ移せないか、その問いを託された人材が、飲食店のクチコミサイトを提案した。この村上氏は、のちに2024年、カカクコムの社長に就いた[1]。
なぜ別ブランドを求めたのか
村上氏の考えの中心には、飲食店は価格の比較で選ぶものではなく、実際に食べた人の評価で選ぶものである、という見立てがあった。価格.comの看板のままグルメを扱えば、安さを競うB級グルメの色がつき、店選びに欠かせない質の情報が埋もれてしまう。それゆえ価格.comとは切り離した別ブランドで立ち上げたい——のちに社長となる田中実氏は、村上氏のこの主張をそう振り返っている。価格比較で成長してきた会社が、その名を新規事業には貸さないという選択を、生みの親である村上氏のほうから求めた。単一事業を抜け出したい穐田体制にとって、既存ブランドの安全にこだわらないこの提案は、受け入れる余地のあるものだった[2]。
決断
社員2人・サーバー1台からの出発
2005年3月、カカクコムは飲食店のユーザー投稿型クチコミ・評価サイト「食べログ」を、価格.comとは別のブランドとして開設した。社員2人、サーバー1台という小さな体制で、価格.comですでに償却を終えた機器を流用しての出発だった。村上氏はまずブロガーに焦点を絞り、トラックバックで手軽に投稿できるツールを用意して、検索エンジンから店の情報へたどり着けるよう店舗データベースを丁寧に整えた。派手な広告ではなく、店ごとの評価と情報を一つずつ集める場を、地道な作り込みから立ち上げた。検索から人が訪れ、その人が新たな評価を書き込むという小さな循環を、まず回すことに力を注いだ[3]。
開設から間もない食べログが、すぐに目立つ数字を生んだわけではない。利用者と投稿がかみ合って伸び始めたのは2006年後半からで、書き込まれた評価が店舗データベースを厚くし、その厚みが検索から新たな利用者を呼び込む循環を回し始めた。2008年3月には月間の利用者が521万人へ達し、価格.comに続く集客資産の形を成していく。投稿の呼び水にブロガーを据えた初期の設計は、時間をかけて自走する仕組みへと育っていった。無料で店を探せる利用者と、集客を求める飲食店の双方が、同じ場へ引き寄せられていく。店を選ぶ人々の評価が積み重なるほど情報の密度が増し、後発が容易には追いつけない蓄積が生まれた[4]。
ネット予約という収益源の追加
投稿とクチコミが利用者を集める一方で、その集客をどう収益へ変えるかは別の課題として残っていた。2012年、食べログはレストランのネット予約を始め、飲食店に掲載料や予約手数料を課金する仕組みを備える。利用者は無料でクチコミと評価を見て予約でき、飲食店は来店につながる送客の対価を払う。クチコミで集めた利用者を予約という行動につなげ、その一件ごとに飲食店から手数料を得る流れが定まった。検索連動の広告に頼るのではなく、飲食店が抱える集客の必要そのものを収益に変えるこの設計が、のちに食べログをグループの収益源へ押し上げる土台になった[5]。
結果
グループ最大の事業へ
ネット予約は、食べログの成長を測る物差しになった。累計の利用者は2018年11月に5,000万人を超え、2020年3月には1億人へ達する。掲載する飲食店も2018年に80万件を上回り、店を探す人と探される店の双方を抱え込むプラットフォームへと厚みを増した。利用者には店選びの入り口、飲食店には来店客と出会う窓口として、両側の数が増えるほど互いを引き寄せる力が強まっていった。掲載規模と予約実績が、そのまま新規参入の壁にもなり、食べログは単なるクチコミサイトの域を超えた集客基盤になっていった[6]。
収益の規模も、創業事業を追い越した。食べログ事業の売上高は2019年3月期の243億円から2020年3月期には263億円へ伸び、グループ売上の43%を占めて、価格.comを上回る最大の事業になった。売上の大半は飲食店向けの販促が占め、有料契約店舗は2020年3月末で約5万9,000店に上る。価格比較の隣に別ブランドで築いたクチコミの場が、開設から10年余りをかけて、会社の稼ぎ頭へと入れ替わった。創業事業と新規事業のどちらが主力かという問いに、数字のうえで答えが入れ替わった時期だった。単一事業への依存を薄めるという当初の動機は、ここで実を結んだ[7]。
順調な拡大は、2020年からのコロナ禍でいったん途切れる。外食の落ち込みが直撃し、2021年3月期の食べログ売上は178億円へ前年比32.5%減となった。外食という現実の消費に結びついた事業だけに、感染症の波をまともに受けたが、需要の回復とともに数字も取り戻していった。2022年3月期186億円、2023年3月期234億円、2024年3月期279億円と戻し、2025年3月期には売上335億円・セグメント利益181億円へ達する。総契約店舗は2024年9月末で8万2,200店を数え、2025年、食べログは設立20年で年間予約が初めて1億人を超えた[8]。
- 事業構想オンライン(2014年1月号)「グロースハッカー」
- NTT東日本 BizDrive「株式会社カカクコム 代表取締役社長 田中実氏」
- 日本経済新聞(2018年11月)「『食べログ』のネット予約、累計5000万人」
- 日本経済新聞(2024年2月6日)「カカクコム社長に49歳の村上敦浩氏」
- カカクコム 2020年3月期 決算説明会資料
- カカクコム 2021年3月期 決算説明会資料
- カカクコム 2025年3月期 決算説明会資料
- カカクコム 有価証券報告書(連結)