レナウン中国・山東如意科技集団への第三者割当増資と、外資の傘下入り
ファンドか事業会社か——売れる資産が尽きた会社は誰を選んだか
- 概要
- 2010年7月、レナウンが中国の繊維大手・山東如意科技集団を割当先に約40億円の第三者割当増資を実施し、同社が4割を握る筆頭株主となった経営判断。中国企業が東証一部上場企業を買収する初めての事例となった。北畑稔社長は交渉相手に投資ファンドもいたと認めたうえで、事業会社を選んだ理由を説明している。
- 背景
- 2010年2月期まで3期連続の営業赤字が続き、アクアスキュータムとレリアンという主力ブランドは既に売却済みであった。本社ビルも売却して賃借に切り替えており、仕入れに担保を入れざるをえないところまで信用力が落ちていた。筆頭株主のネオラインは、5月の株主総会で現経営陣の選任に反対する方針を表明していた。
- 内容
- 山東如意は当初過半数の取得を求めたが、レナウン側の抵抗で約4割に落ち着いた。取締役会はレナウン3人・山東如意3人・社外1人で構成し、5年間は買い増しも売却も制限する条項を付けた。邱亜夫董事長が百貨店売り場を調べたうえで、「シンプルライフ」など4ブランドの中国展開を計画した。
- 含意
- 資本と海外の売り場を同時に得る狙いだったが、10年後、この親会社との取引が破綻の直接の引き金になる。2019年12月期に山東如意の子会社向け売掛金が回収できず53億円の貸倒引当金を計上し、連帯債務者だった山東如意は債務保証を実行しなかった。
筆者見解
「本社ビルも含め、もはや売れるものはすべて売却済み」。この状態で相手を選べる余地は、実際にはほとんどなかった。それでも北畑稔社長は投資ファンドではなく事業会社を選び、5年間の売買制限条項を付けている。資本を入れて数年で売り抜ける相手ではなく、中国の売り場を一緒に作る相手を求めた選択であり、当時の判断としては筋が通っていた。山東如意が中国政府に模範企業と目される優良企業だったことも、この判断を後押ししたとみられる。
誤算は、支えるはずの相手が自らも重くなったことにある。山東如意は買収に巨費を投じて資金繰りを詰まらせ、2019年に子会社の売掛金53億円を払えなくなった。連帯債務者でありながら保証を実行しなかった以上、レナウンの側に打てる手はない。資本で時間を買う判断は、買った相手の体力が続くことを前提にする。事業会社を選んだことがファンドより安全だったとは、この結末を見たあとでは言えないだろう。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
売れるものが尽きた
2010年春のレナウンには、切れる手札がほとんど残っていなかった。2010年2月期まで3期連続の営業赤字が続き、その過程で「アクアスキュータム」「レリアン」という主力ブランドを手放している。連結売上高は2007年2月期の1763億円から2010年2月期に1291億円へ落ち、翌期には733億円まで縮む。従業員数も2009年2月期の3851名から翌期には1571名になった[1][2]。
資産の側も同じであった。本社ビルは売却したうえで賃借して入居しており、売れるものはほぼ売り尽くしている。信用力は仕入れに担保を入れざるをえないところまで落ちていた。何かを始めようにも財源がない。前年にも中国の大手企業と交渉した経緯があるが、最大ブランドのレリアンを売ったことで相手が意欲を失い、話は立ち消えになっていた[3]。
筆頭株主からの退陣要求
経営陣にはもう一つの圧力がかかっていた。発行済み株式の24.87%を握る筆頭株主ネオライン・ホールディングスが、2010年5月27日の株主総会で北畑稔社長ら現経営陣の選任に反対する方針を表明した。ネオライン側は「抜本的な経営改善を申し入れてきたが、事業面での低迷は顕著。経営改善策も目立った効果を上げていない」と述べた[4]。
この対立には前史がある。ネオラインは2008年9月、カレイド・ホールディングスからレナウン株を26億円で譲り受けた。2009年の総会では総帥の藤澤信義氏ら3人の取締役就任を求め、レナウン側は中村実社長ら取締役の総退陣と北畑氏の社長昇格を代案として示す。最終的に藤澤氏の社外取締役就任で折り合ったが、北畑社長が決めたレリアン売却に藤澤氏が反発し、2009年末に社外取締役を辞任していた[5]。
決断
約40億円で4割
進退窮まった経営陣の前に現れたのが、中国・山東省済寧市に本拠を置く山東如意科技集団であった。2009年の売上高は107億元、日本円で約1450億円である。毛紡績で中国トップ級にあり、独自開発した極細ウール糸「如意紡」は中国政府から国家科学技術進歩一等賞を受けた。2010年1月には胡錦濤国家主席と温家宝首相の前で表彰されている。自主技術を重んじる当時の政権にとって模範とされる企業であった[6]。
山東如意は約40億円を投じて第三者割当増資を引き受け、4割を保有する筆頭株主となる案を示した。当初は過半数の取得を望んだが、レナウン側の抵抗で譲歩している。経営は基本的に現経営陣に委ね、取締役を数人派遣する形とした。取締役会はレナウン3人・山東如意3人・社外1人で構成し、5年間は買い増しも売却も制限する条項を付けている。中国企業が東証一部上場企業を買収する、初めての事例であった[7][8]。
ファンドではなく事業会社
交渉相手は一つではなかった。北畑稔社長は投資ファンドも候補にあったと認めたうえで、選んだ理由をこう述べている。投資ファンドにはファンドなりの良さがあり、その考え方は参考になる。ただし原価削減やアパレル製品の海外展開を考えた場合、戦略的提携が組める事業会社のほうがパートナーとして望ましい、と。資本の出し手ではなく、中国での生産と売り場を一緒に動かせる相手を求めた判断であった[9]。
中国での展開先も具体的だった。邱亜夫董事長が百貨店の売り場をくまなく調べたうえで、「シンプルライフ」「エンスウィート」「マーノ」「チャージ」の4ブランドを選んでいる。北畑社長は自らの立場についても率直だった。社長就任から1年でグループ企業の顔ぶれも資本の中身も変え、「会社も自分も追い込んだ」と語っている。現状維持では5年後どころか3年後の立ち位置もない、というのがその理由であった[10][11]。
結果
持株比率は上がり、数字は戻らなかった
資本関係は深まった。2013年12月にはグループの済寧如意投資が29億円を追加出資し、山東如意グループの持株比率は53%に上がる。派遣する役員の数も増え、経営への関与を強めた。一方で業績は戻らなかった。中期計画「RMAP」は2014年2月期に連結営業利益率7%を掲げたが達成されず、期初に営業黒字を見込みながら赤字で着地する期が続く。1992年からの23年間で最終黒字は2期しかなく、累積すれば1772億円の最終赤字にあたる[12][13]。
決定的だったのは、親会社との取引そのものが焦げ付いたことである。決算期を12月へ変えた2019年12月期、山東如意の子会社である恒成国際発展有限公司向けの売掛金が回収できず、レナウンは53億円の貸倒引当金を計上した。営業損失は79億99百万円に達する。レナウンは連帯債務者だった山東如意に再三の支払いを求めたが、自らも買収に巨費を投じていた山東如意は債務保証を実行しなかった[14][15]。
- 週刊東洋経済 2010年5月29日号「スクープ 名門レナウンを中国企業が買収へ」
- 週刊東洋経済 2010年6月19日号「緊急インタビュー レナウン社長 北畑稔 会社も自分も追い込んだ 中国との提携で一変させる」
- 週刊東洋経済 2014年5月30日号「M&A裏面史(1)メガネスーパー レナウン 出口なき迷宮にはまったM&A」
- 週刊東洋経済 2020年6月6日号「老舗「レナウン」が経営破綻 アパレル淘汰・再編の序章」
- レナウン 有価証券報告書(2011年2月期・連結)
- レナウン 有価証券報告書(2019年12月期・連結)