この判断の核心は、債務をいくら切ったかよりも、再建の指揮権をどこに置いたかにあると推察される。津上製作所の資産は工作機械と測定機をつくる技術であり、その技術は創業者の設計思想と職人の手に宿っていた。管財人が経営を預かる更生法では、負債の整理は進んでも、取引先が製品に寄せる信用まで引き継げたかどうかは分からない。更生法が使えなくなった末の消去法だったにせよ、会社を最もよく知る者に指揮を戻した和議は、この会社の資産の在りかと噛み合っていたといえる。
もっとも、その選択は同時に、創業者への集中を20年近く延長する結果にもなった。1973年に取締役会が創業者を会長へ退けるまで、経営の判断は一人に寄ったままであり、その間の業績は不安定であった。危機のときに求心力へ頼ることと、平時にそれを解くことは別の作業であって、後者に手が付かないまま次の危機を迎えた例は少なくない。和議で守ったものが、のちに何を先送りしたのか——この会社の歩みは、その順序の難しさをうかがわせる。