ニップン政策保有株式・遊休不動産の売却と、3年で最大1,400億円の設備投資への振り替え
含み益を抱えたまま持ち続けるか、売って工場に替えるか——PBR0.70倍・資本コスト9%のもとでの資本配分
- 概要
- 2024年5月、ニップンは中期目標を上方修正して長期ビジョン2030を策定し、あわせて2024年度から2026年度までのキャッシュ・アロケーションを公表した。政策保有株式と遊休不動産の売却で得た資金を、3年で最大1,400億円程度という過去にない規模の事業投資へ振り替える組み立てで、2期分の売却と知多新工場の稼働まで到達している。
- 背景
- 2023年度に中期目標を前倒しで達成した一方、株式市場の評価は伴わなかった。2025年3月末のPBRは0.70倍、売却益の影響を補正したROEは6.6%で、株式益利回りに基づく資本コスト9%を下回っていた。政策保有株式は2022年3月末で計118銘柄・529億円を数え、同時点の自己資本1,743億円のおよそ3割に相当した。
- 内容
- 営業キャッシュ・フロー700億円以上、資産売却300億円程度、必要に応じた資金調達最大800億円程度を原資として、事業投資1,400億円程度・株主還元150億円以上・社債償還250億円を配分する計画とした。政策保有株式は2026年度末までに連結純資産比20%未満へ縮減し、投資判断にはROI・IRR・NPVを加えた。
- 含意
- 2024年度は遊休資産85億円・株式50億円の売却で資金を賄い、外部調達を行わなかった。2025年3月期は投資有価証券売却益47億円と固定資産売却益87億円を計上してROE10.6%となり、会社は補正後6.6%を自ら併記した。2026年2月には総工費約255億円の知多工場が稼働した。
補正値を自分で書いた会社
売却益を除いたROEは6.6%、資本コストは9%——この2つを並べて外へ出したところに、2024年5月の決定の芯がある。売却益で嵩上げされたROE10.6%だけを掲げれば、資本コストを超えたと言うこともできた。前鶴俊哉社長のもとで会社が選んだのは、補正値を自ら書き添えて届いていない側を先に示し、その差を埋める原資として、連結純資産の3割を占めていた持ち合い株と遊休地を差し出す道であった。
置き換えの成果は、まだ数字になっていない。2025年3月期の純利益248億円は投資有価証券売却益47億円と固定資産売却益87億円に支えられ、それが消えた2026年3月期は218億円へ下がった。売れる資産は一度手放せば戻らず、総工費255億円の知多工場も畑中食品の新工場も、回収はこれから始まる。持ち合い株を工場に替えた判断が資本コストを超える収益に届くかは、2026年度末より先の決算で確かめられるとみられる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
前倒しで埋まった目標と、動かない株価
ニップンは2022年5月、2026年度に売上高4,000億円・営業利益150億円を達成する中期目標を設定した。ところが2023年度の実績がこれを上回り、目標は3年を残して埋まった。2024年5月14日、会社は目標を売上高4,500億円・営業利益210億円へ引き上げ、ROE8%以上・ROIC5%以上を新たに加えた。あわせて、2030年度に売上高5,000億円・営業利益250億円をめざす長期ビジョン2030を公表した[1][2][3]。
利益の目標が前倒しで埋まる一方、株式市場の評価は動かなかった。2025年3月末のPBRは0.70倍にとどまり、PERは10.9倍と、プライム上場企業の平均およそ16倍に届かなかった。いずれも政策保有株式の売却益などを補正した値で、同じ補正をかけたROEは6.6%と、株式益利回りに基づく資本コスト9%を下回っていた。営業利益の目標を先に達成しても、資本コストは超えられていなかった[4]。
純資産の3割を占めた持ち合い株と、迫る更新期
もう一方に、長年積み上がった政策保有株式があった。2022年3月末の保有は非上場55銘柄・上場株63銘柄の計118銘柄、貸借対照表計上額は529億円に達し、同時点の連結自己資本1,743億円のおよそ3割に相当した。会社は取得・保有の意義や資本コストを踏まえ、配当や取引額の収益性を個別銘柄ごとに毎年取締役会で検証し、妥当性が認められない場合は原則売却対象とすると定めていた[5][6]。
同じころ、製粉事業は設備の更新期に入っていた。中京・近畿地区では神戸甲南工場の増強と大阪工場の閉鎖を進め、2022年2月には愛知県知多市への新工場建設と名古屋工場の閉鎖を公表している。製粉工場の新設は福岡工場以来40年ぶりとなる。連結の設備投資額も2023年度211億円、2024年度209億円と高い水準が並び、営業キャッシュ・フローだけで賄いきれる規模ではなくなっていた[7][8]。
決断
3年分の資金の出入りを一枚に置く
前鶴俊哉社長のもとで会社が示したのは、3年分の資金の出入りを一枚に並べた配分計画であった。2024年度から2026年度までのキャッシュインを、営業キャッシュ・フロー700億円以上、政策保有株式と遊休不動産の売却300億円程度、長期発行体格付けの維持を前提とした資金調達最大800億円程度と置く。キャッシュアウトは事業投資1,400億円程度、株主還元150億円以上、社債償還250億円とした[9][10]。
投資額について会社は「過去にない規模を想定しています」と記した。あわせて投資規律も組み替え、従来の投資回収期間に加えてROI・IRR・NPVを重視すると定めている。政策保有株式については、2026年度末までに連結純資産比20%未満へ縮減する目標を掲げ、発行体である取引先との対話を続けるとした。売れる資産を売り、その資金を工場へ振り替える道筋が、数字の形で外に出た[11][12]。
1,400億円の行き先
投資の中心は愛知県知多市の新工場に置かれた。総工費は約255億円、1日当たりの小麦挽砕能力は600トンで2ラインを備える。大型穀物船が接岸できる知多埠頭の原料サイロに隣接し、原料小麦を直接搬入して調達コストを抑える設計をとった。太陽光発電と非化石証書により使用電力の100%を実質再生可能エネルギーとする、同社で初のカーボンニュートラル工場でもある[13][14]。
投資は製粉にとどまらなかった。2025年4月に連結子会社とした畑中食品では、鹿児島県出水市にグループ最大規模の冷凍食品新工場を建設し、2026年度末の竣工をめざす。海外では米国ユタ州のUtah Flour Milling, LLCが2025年2月に新工場を稼働させ、2024年7月に設立したベトナムの現地法人でもプレミックス工場の新設が進む。研究開発を集める、ニップンR&Dセンターの建設も動き出した[15][16]。
結果
売却益で膨らんだ利益に、自ら添えた補正値
売却は利益の形で先に表れた。2024年3月期は投資有価証券売却益135億円を計上し、親会社株主に帰属する当期純利益は264億円となった。2025年3月期は投資有価証券売却益47億円に加え、主に土地等の売却による固定資産売却益87億円を積み、純利益は248億円であった。政策保有株式の売却額は2024年度で49億円、保有銘柄は2025年3月末に計78銘柄まで減った[17][18][19]。
利益の中身について、会社は自ら注釈を付けた。2025年3月末のROE10.6%・PER6.84倍に対し、売却益の影響を補正すればROE6.6%・PER10.9倍になると統合報告書に併記し、役員報酬の業績指標にも特殊・特別な損益を除外した補正値6.64%を用いている。配当も同じ考え方で、特殊・特別な損益を除いた連結配当性向30%以上を目安とし、1株当たり配当は2017年度の30円から2024年度は66円へ増えた[20][21]。
動き出した工場と、これから始まる回収
2024年度の実績では、遊休資産85億円・株式50億円の売却で資金を賄い、外部からの調達は行わなかった。2026年2月26日には知多工場が稼働を開始し、名古屋工場の閉鎖を残して中京・近畿地区の再編が最終段階に入った。2026年3月期の設備投資は工事ベースで334億円に積み上がり、売上高4,184億円・営業利益220億円と、本業の数字も前期を上回った[22][23]。
一方、2026年3月期の純利益は218億円と前期比88.1%に下がった。前年の遊休地売却による特別利益が消えた分であり、売却益に頼らない利益の水準がそのまま表に出た。政策保有株式は2026年3月末で計77銘柄、この期にも上場株4銘柄59億円を売っている。同じ期に自己株式40億円を取得し、転換社債型新株予約権付社債116億円を償還した。連結純資産比20%未満という目標には、本稿の時点でまだ届いていない[24][25][26]。
- ニップン ニュースリリース No.7(2024年5月14日)「ニップングループ「長期ビジョン2030」、「2022-2026 中期目標の修正」に関するお知らせ」
- ニップン ニュースリリース No.59(2026年2月26日)「株式会社ニップン知多工場、稼働開始」
- ニップン 統合報告書2025
- ニップン 有価証券報告書(2022年3月期・連結)
- ニップン 有価証券報告書(2025年3月期・連結)
- ニップン 有価証券報告書(2026年3月期・連結)
- 食品新聞(2024年5月20日)「ニップン 前倒しで達成の中期目標を上方修正 長期ロードマップも公表」
- 食品新聞(2026年3月9日)「ニップン 知多工場が稼働 スマート化、災害対応、環境配慮を推進」