冷凍食品のニップン冷食への分社化(1996年・ニップンの決断)

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論点冷凍食品の製造部門を分社化するか
ニップン:業績の推移
売上高(億円)経常利益率(%)
専業子会社での製造と、工場用地・新工場・販売の本体での保持

何をなぜ決めたか:専業子会社での製造と、工場用地・新工場・販売の本体での保持

概要

1996年6月、日本製粉はニップン冷食株式会社を設立した。同年10月には冷凍食品製造部門を分社化し、高崎工場をニップン冷食高崎工場に改めている。高崎と竜ケ崎の両工場にあった冷凍食品の製造設備は、このとき新会社へ移管された。決めたのは1993年6月から社長を務めていた澤田浩社長である。

分社化は、第2次リストラ計画でパスタと冷凍食品の生産体制を立て直す方針から出た。ニップン冷食は資本金50百万円で、日本製粉が議決権の100%を持つ子会社となった。日本製粉が原料を供給し、ニップン冷食が冷凍食材を製造し、その商品を日本製粉が販売する分担である。

背景

冷凍食品は1996年に始めた事業ではない。日本製粉は1973年に高崎工場で冷凍クリームコロッケの生産を開始し、1982年には米国のリッチプロダクツ社とライセンス契約を締結してフリーズフロー技術を導入した。1991年3月には弁当や惣菜の中食事業へ進出し、1994年からは家庭用冷凍食品市場への進出を本格化している。

一方、本業の製粉は転機を迎えていた。国内の小麦粉生産量は1994年に過去最高の5,000千トンを記録したあと頭打ちに転じ、1995年4月には小麦が関税化された。日本製粉は1993年10月に「経営基盤強化のための全社的再構築」を始め、ヒト・モノ・カネの再配置に社長自らが当たった。1995年1月の阪神淡路大震災では神戸工場が全面閉鎖となった。

内容

冷凍食品の分社化は1996年の1年に集中した。3月にエヌエフフローズンを設立し、6月にニップン冷食を設立し、10月に冷凍食品製造部門を分社化した。エヌエフフローズンは冷凍中食関連の食品と冷凍食材を製造し、日本製粉へ販売する子会社である。1998年3月にはニップン冷食にならってパスタの生産会社オーマイを設立し、4月に厚木工場と加古川工場を移管した。

ただし、設備と土地は日本製粉の手元に残った。1999年4月、日本製粉は伊勢崎市に冷凍食品工場を完成させ、エヌエフフローズンに貸与している。2006年3月期の時点でも、ニップン冷食高崎工場の土地と、竜ヶ崎工場と一体になった土地は日本製粉が所有していた。製造は子会社、資産と販売は本体という分担である。

含意

冷凍食品は分社化から数年で食品部門の主要な事業部門になった。2002年4月に始めた中期経営計画は、基礎的食材・加工食品・中食・冷凍食品の各分野が事業部門としての骨格を形作ったと総括した。2002年3月期の食品事業は売上高95,434百万円で、冷凍食材・食品類は総菜類が好調で大幅に伸びた。ただし食品事業の営業利益は369百万円にとどまった。

分社化した製造は、25年後に本体へ戻った。ニップンは2021年2月の取締役会でニップン冷食の冷凍食品事業を譲り受けると決め、同年4月1日に譲り受けた。目的は製販管一体の組織で意思決定を速めることにあった。2023年度の冷凍食品の売上高は520億円で全社の13.0%を占め、2030年度に900億円・18.0%を目標とする。

いつ何が起きたか12件
考察:育った事業、戻った組織
考察

考察:育った事業、戻った組織

なぜ1996年に冷凍食品を分社化したのか。冷凍食品は1973年から続けてきた事業で、新しく始めるための別会社ではなかった。日本製粉はこのころ、全社的再構築で製粉の工場と人員を減らしていた。小麦粉の生産量は頭打ちに転じ、小麦の関税化も始まっていた。製粉を立て直す計画の中で、冷凍食品を製粉と同じ組織に置き続ける理由は薄れていたのだろう。別会社にすれば、冷凍食品の製造の採算を製粉と切り分けて見られる。分社化は、冷凍食品を製粉の一部門から独立した事業として扱うための手段だったと考えられる。

もっとも、日本製粉は冷凍食品を本体から完全に切り離したわけではない。1999年には伊勢崎市の冷凍食品工場を本体が建てて子会社へ貸し、高崎と竜ヶ崎の工場の土地も本体が持ち続けた。原料は本体が供給し、できた商品も本体が販売した。この分担では、子会社の採算は本体との取引条件で大きく変わる。採算を単独で測るという狙いは、半分しか果たせなかったと思われる。2002年3月期に食品事業の営業利益が369百万円にとどまったことも、冷凍食品が主要な収益源になるまでの距離を示している。

結果は部分的な成功である。冷凍食品という事業は育った。2002年には中食とともに事業部門の骨格を形作り、2023年度には売上高520億円、全社の13.0%を占めるまでになった。一方、分社化という組織の形は残らなかった。ニップンは2021年にニップン冷食から冷凍食品事業を譲り受け、製販管一体の体制へ戻している。分社化から25年で製造を本体へ戻したことは、事業を育てる段階と広げる段階で、合う組織が違ったことを示す。冷凍食品を育てる判断は当たり、別会社という手段はその役目を終えた。

Yutaka Sugiura, 2026年7月
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図と表

ニップン:連結売上高と経常利益の推移

連結売上高(億円)連結経常利益率(%)

分社化から数年後の2000年3月期から2002年3月期にかけて、連結売上高は1,905億円から2,079億円へ伸び、経常利益は34億円から38億円の間で推移した

ニップン:連結売上高と経常利益の推移
(億円)連結売上高連結経常利益備考
2000年3月期1,905341999年4月に伊勢崎市の冷凍食品工場が完成。決算短信の190,541・3,418百万円を億円に丸めた値
2001年3月期1,94134決算短信の194,062・3,361百万円を億円に丸めた値
2002年3月期2,07938有報の207,883・3,790百万円を億円に丸めた値
出所:日本製粉 決算短信(2001年3月期・連結、2001年5月22日)【連結経営成績】(2000年3月期・2001年3月期) / 日本製粉 有価証券報告書 第182期(2006年3月期)【主要な経営指標等の推移】(2002年3月期)
出所:日本製粉 決算短信(2001年3月期・連結、2001年5月22日)【連結経営成績】(2000年3月期・2001年3月期) / 日本製粉 有価証券報告書 第182期(2006年3月期)【主要な経営指標等の推移】(2002年3月期)
参考文献

参考文献

参考
  • 日本製粉 有価証券報告書 第182期(2006年3月期)【沿革】
  • 日本製粉 有価証券報告書 第182期(2006年3月期)【役員の状況】
  • 日本製粉 有価証券報告書 第182期(2006年3月期)【関係会社の状況】
  • ニップン「製粉業界の現状」(2025年4月)
  • 日本製粉 有価証券報告書 第182期(2006年3月期)【事業の内容】
  • 日本製粉 有価証券報告書 第182期(2006年3月期)【主要な設備の状況】
  • ニップン 2024年度決算説明会資料(2025年5月21日)「長期ビジョン2030実現のための重点取り組み 冷凍食品事業①」
  • ニップン 有価証券報告書 第197期(2021年3月期)【経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析】
  • 日本製粉 決算短信(2001年3月期・連結、2001年5月22日)【連結経営成績】(2000年3月期・2001年3月期)
  • 日本製粉 有価証券報告書 第182期(2006年3月期)【主要な経営指標等の推移】(2002年3月期)
  • ニップン 決算説明会資料「2024年度決算説明会」
  • ニップン 決算説明会資料「製粉業界の現状」
  • ニップン 統合報告書「ニップン 統合報告書2023」
  • ニップン 公式サイト「ニップンの歴史」
  • 日本製粉 決算短信「平成14年3月期 決算短信(連結)」
  • 日本製粉 有価証券報告書「第182期(2006年3月期)【沿革】【関係会社の状況】【主要な設備の状況】」
  • ニップン 有価証券報告書「第197期(2021年3月期)【重要な後発事象】」
  • ニップン 有価証券報告書「第198期(2022年3月期)【沿革】」
  • ニップン 有価証券報告書「第202期(2026年3月期)【経営方針、経営環境及び対処すべき課題等】」

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