襟川恵子氏の資産運用を本業と並ぶ収益源に育てた財務戦略
ゲーム会社がなぜ、決算を左右する規模の株式運用を自ら手がけるに至ったのか
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- 概要
- 光栄時代から個人で株式投資を続けてきた襟川恵子氏の運用ノウハウを、経営統合後のコーエーテクモホールディングスが組織的な資産運用へ育て、2024年3月期には営業外収益357億円が営業利益285億円を上回る決算となり、2025年4月に運用機能を子会社「コーエーテクモコーポレートファイナンス」へ分離した経営判断である。
- 背景
- ゲーム事業はヒット・ハズレで単年業績が2〜3割振れる構造にあり、統合後の実質無借金・自己資本比率90%超という財務体質のもとで、余剰資金の置き場所という論点が浮上していた。
- 内容
- 襟川恵子氏が統括する体制で、余剰資金約1,000〜1,600億円を日米・香港の上場株や仕組み債等で運用する方針を継続し、営業外収益は2016年3月期以降毎期60億円台〜80億円台、2024年3月期には357億円まで拡大した。
- 含意
- 本業のゲーム事業利益が運用益の陰に隠れて見えにくいという機関投資家の指摘を受け、2025年に運用機能を別法人へ切り出し、本業と運用を別々の決算で評価できる体制へ移行した。
ゲーム会社が運用会社を併せ持つということ
この判断の核心は、本業の変動を吸収する役割を担ってきた運用部門を、あえて別法人に切り出して可視化した点にあるとみることができる。運用益を本体の決算に溶け込ませたままにしておけば、当面の経常利益は嵩上げされて映る。だが機関投資家が求めていたのは、ゲーム事業そのものの稼ぐ力を運用益とは切り離して評価することであり、コーエーテクモはその要求に、運用機能を独立会社にするという構造的な答えを返した。ゲームソフト会社が投資運用を専業とする子会社を持つという体制は、同業他社にほとんど例がない。
もっとも、運用会社を切り出したこと自体は、運用益への依存という構造そのものを解消するわけではない。分離後も四半期ごとの決算で運用益が業績を押し上げる場面は続いており、本業の成長を主役に据えるのか、運用の巧拙を含めた総合力を強みとして押し出すのか、コーエーテクモの経営哲学はなお決着していないようにうかがえる。襟川恵子氏という「投資の天才」個人に紐づいてきた運用の実績を、チームとしての再現性へどこまで転換できるかが、この財務戦略の次の焦点になっている。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
光栄時代からの個人運用と、統合後の財務体質
ゲーム事業には、開発費の高騰と販売タイトルのヒット・ハズレで単年業績が前年比2〜3割の幅で振れるという構造がある。光栄の創業者夫妻の一人である襟川恵子氏は18歳から個人で株式投資を続けてきた経歴を持ち、この運用ノウハウを光栄時代から社内に持ち込んでいた。2009年の経営統合後、コーエーテクモホールディングスは実質無借金かつ自己資本比率90%超という財務体質を築き、本業で稼いだ余剰資金の置き場所という論点が経営課題として浮かび上がっていった[1][2]。
グループの余剰資金は日米・香港の上場株と仕組み債を中心に運用され、GAFA各社やAI・IoT・クラウド・セキュリティといった先端分野の銘柄への投資が続けられた。運用方針は襟川恵子氏が統括し、グループ財務部門のチームが運用プランを提案する体制で運営された。ゲーム業界では他社に類を見ない、本業と並ぶ規模の運用部門が、この時期を通じて社内に育っていった[3]。
2021年、日経が伝えた「1200億円を株式で運用」
2021年2月10日、日本経済新聞は「資金1200億円、株式で運用」との見出しで、コーエーテクモの投資方針を具体的な規模とともに報じた。それまで社内の財務運営として語られてきた運用が、対外的に数字で明らかになった最初の機会である。運用ポートフォリオはその後も拡大を続け、2025年時点で約1,600億円規模に達したと伝えられている[4]。
自己資本も同時期に拡大し、2019年3月期の1,193億円から2025年3月期時点には1,894億円へ増え、自己資本比率は90%超の水準を維持した。実質無借金と高い自己資本比率が、本業のキャッシュフローを運用へ振り向ける財務戦略を可能にしていた[5]。
決断
営業外収益が営業利益を上回った2024年3月期
2024年3月期の連結決算で、コーエーテクモホールディングスの営業利益285億円に対し、営業外収益は357億円に達した。本業のゲーム事業利益を非ゲーム領域の運用益が上回る決算となり、機関投資家・アナリスト・ゲーム業界の関係者から注目を集めた。経常利益457億円のうち営業外収益純額(357億円から営業外費用185億円を差し引いた分)の寄与は172億円にのぼり、運用益がゲーム事業の本業利益と並ぶ規模で経常利益に組み込まれる構造が、決算数字ではっきりと示された[6][7]。
運用益への依存は、機関投資家からの評価としては両義的に受け止められていた。本業のゲーム事業利益率を高めた成果と、投資ポートフォリオの含み損益を経常利益に取り込む会計処理の偶発性が、同じ決算書の中で混在していたためである。東洋経済オンラインは、「凄腕投資家」と評される襟川恵子氏個人の手腕に依存した運用体制からの転換が課題として認識され、会社側がここ数年で取り組みを進めてきたと報じている[8]。
財務機能の分離という決断
2025年2月7日、コーエーテクモホールディングスはグループ財務機能を分離する新会社「株式会社コーエーテクモコーポレートファイナンス」を設立した。設立の目的は、運用機能に関するガバナンスを強化し、最適なキャッシュマネジメントを実現することにあると説明された。同時に、鯉沼久史氏の社長昇格内定と、襟川陽一氏の会長就任、襟川恵子氏の取締役名誉会長就任も発表され、財務分離は経営陣刷新と同じタイミングで組み合わされた[9]。
続く2025年4月1日、コーエーテクモゲームスが保有していた有価証券等の運用に関する権利義務が吸収分割により新会社へ承継され、襟川恵子氏が同社の代表取締役社長に就任した(HD取締役名誉会長も兼任)。約1,600億円の運用ポートフォリオが独立子会社で管理される体制となり、本業のゲーム事業の収益性と運用益の貢献度を、別個の決算で評価できる仕組みが整った[10]。
結果
別会社・別決算で評価する体制へ
分離後もゲーム事業と並ぶ規模の運用益を計上する決算は続いている。2026年3月期第2四半期には営業外収益98億円が本業の営業利益を上回り、経常利益は期初予想80億円の倍以上となる178億円に膨らんだと報じられた。運用機能を別法人へ切り出したのちも、コーエーテクモグループ全体でみれば、運用益が業績を押し上げる構造そのものは変わっていない[11]。
一方で、運用体制そのものは個人の手腕からチームによる運用へ移行する過程にあるとみられている。東洋経済オンラインは、襟川恵子氏の「個人技」からグループ財務部門による「チーム戦」への転換に向け、資産運用に複数のルールを定める取り組みが進んでいると伝えている。もっとも、この移行がどの時点で完了したとみなせるかは、公表資料からは確認できていない[12]。
- コーエーテクモホールディングス 有価証券報告書【沿革】
- 日本経済新聞(2021年2月10日)
- 東洋経済オンライン「コーエーテクモ『驚異の運用益』の裏で進む"脱カリスマ" 本業ゲームを上回る稼ぎぶり…凄腕投資家・襟川恵子名誉会長ありきの運用体制に変化も」
- 東洋経済オンライン「コーエーテクモ『驚異の投資術』で脱カリスマなるか 襟川恵子氏の個人技からチーム戦へ…資産運用に定めた"複数のルール"」
- 現代ビジネス「ゲーム会社なのに投資の運用益は驚異の172億円…!《投資の天才》1600億円を運用するコーエーテクモ襟川恵子会長が稼ぎまくった『意外な投資商品』」
- gamebiz「コーエーテクモHD、子会社『コーエーテクモコーポレートファイナンス』新設…グループのファイナンス機能を集約へ」