この上場の核心は、資金の獲得そのものよりも、市場に依存せず再建を成し遂げた会社が、あえて株式市場へ歩み寄った点にあるだろう。有利子負債1.4兆円を本業のキャッシュだけで削減した経験は、上場という選択肢を切迫ではなく余裕の駒として扱う余地を経営に与えていた。追い込まれてではなく、業績を拡大する途上でグローバルM&Aの原資と信用を獲得した判断には、危機発の資本政策とは異なる能動性がうかがえる。峰岸真澄社長が上場を目的でなく手段と言い切ったのも、その能動性の表れであったといえる。
もっとも、市場に姿を現すことは、これまで社内で完結させてきた評価軸を外へ開くことでもあった。社員持ち株会と持ち合いの安定株主という、独立心と一体感を育ててきた仕組みは、市場での株価形成とモノ言う株主の視線の前で、支えとしての意味を少しずつ変えた。自前主義を貫きながら世界一を掲げる会社が、外部の資本と論理をどこまで取り込み、どこで自らの流儀を守るのか——上場はその問いを解いたというより、新しい形で突きつけた場面であったとみられる。