1987年に九州旅客鉄道が受け取ったのは、鉄道の赤字を消す補助金ではなかった。九州への交付額3,877億円は資産総額のおよそ3分の1にあたり、想定利率7.3%で運用して得る年約300億円が、発足時に見込まれた鉄道営業損失約300億円と向き合った。失う額と生む額が最初から釣り合う設計であったといえる。
この設計が渡したのは、赤字のまま潰れずにいられる時間であり、その使い道までは指定されていなかった。運用益を収益の完成形とみなせば、鉄道の改善も多角化も先送りできる。石井幸孝社長は逆に、基金の運用益は前提であって到達点ではないという線を引き、発足年の1987年7月に国内旅行業を始めて以降、リース・リゾート開発・高速船と鉄道の外側へ会社を並べた。北海道に6,822億円、四国に2,082億円が今も基金として据え置かれる一方、九州は29年でそれを使い切って市場へ出ている。同じ猶予が、動かない理由にも動く元手にもなりえたことを、三社の差が示している。