西日本旅客鉄道の決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

2005年を境に、安全と利益の順序が入れ替わった。1991年10月に山陽新幹線の鉄道施設を新幹線鉄道保有機構から譲り受け、2004年に完全民営化を果たした。その翌2005年4月25日、福知山線で107名が亡くなる脱線事故が起きる。JR西日本は懲罰的な日勤教育を廃止しATS-Pの整備を早める安全性向上計画を敷き、安全投資を経営の最上位へ置き直した。2011年の大阪ステーションシティ、2013年のグランフロント大阪と駅の資産を都市開発へ転用する一方、コロナ禍で2021年3月期に純損失2,332億円を出すと、同年9月にJRグループ初の公募増資で最大2,786億円を調達し、700億円を大阪駅西エリアへ、1,000億円を長期債務の返済へ充てた。安全投資は鉄道の固定費を恒久的に押し上げ、成長の余地を鉄道の外へ押し出した。

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