輸送密度2,000人未満の赤字ローカル線30区間の収支を初公表し、地域との存廃協議を提起

首都圏の通勤需要を持たない西日本が、細るローカル線の収支をなぜ自ら開示したか

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時期 2022年4月
意思決定者 長谷川一明 西日本旅客鉄道 社長
論点 ローカル線の維持と地域交通の再編
概要
2022年4月11日、西日本旅客鉄道(JR西日本)は、輸送密度が1日2,000人未満の17路線30区間について、線区別の収支率などを初めて公表した。長谷川一明社長のもと、廃止を一方的に決めるのではなく、赤字の実態を地域と共有し、上下分離を含む地域交通の在り方を協議するための情報開示であった。
背景
首都圏の通勤需要を持たない西日本のローカル線は、沿線人口の減少・少子高齢化・道路整備によって利用が構造的に細っていた。加えてコロナ禍で発足以来初の純損失を計上し、都市部や新幹線の黒字で赤字線を支える内部補助の持続性が問われていた。
内容
開示された30区間はいずれも赤字で、芸備線の東城〜備後落合は収支率0.4パーセント(100円の収入に約2万5千円の費用)、平均通過人員は1日11人にとどまった。最も赤字額が大きい山陰線の出雲市〜益田は年間34.5億円の営業損失であった。JR西日本は上下分離等を含む議論を地域と幅広く行いたいとした。
含意
数字の公表は「廃止ありき」への警戒も呼んだが、2023年施行の改正地域交通法に基づく再構築協議会へ接続し、芸備線では全国初の協議会が設けられた。全国のローカル線問題の先行事例となる一方、存続・上下分離・バス転換をめぐる地域との溝も残る。
筆者の見解

効率の論理と、地域の足

この判断の核心は、赤字を数字で開示することを、廃止の通告ではなく対話の出発点に据えた点にある。首都圏の通勤需要を持たない西日本にとって、都市部や新幹線の利益で山間部の赤字線を支える内部補助は、コロナ禍で細った収益基盤のもとでは重さを増していた。それでも会社は、線区ごとの採算を一方的な撤退の根拠とはせず、上下分離を含む選択肢を地域とともに考える枠組みを選んだとみることができる。事実の共有から始める抑制的なやり方に、この開示の性格がうかがえる。

もっとも、収支率0.4パーセントといった数字は、それ自体が「廃止ありき」と受け取られる強さを持つ。芸備線で全国初の再構築協議会が動き出す一方、鉄道を地域の基盤と考える自治体との間には、なお溝が残るとみられる。廃止か、上下分離か、バスへの転換か——線区ごとに答えは分かれ、その一つひとつが人口減少下の地域の足をどう残すかという問いに直結する。JR西日本が投げかけた事実の開示は、廃止・上下分離・バス転換のいずれを選ぶかという各線区の協議へと引き継がれた。人口減少下で地域の足をどう残すかという問いに、鉄道会社が単独では答えきれないことを、この開示は先んじて示したといえる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

構造的に細るローカル線

JR西日本は、山陽新幹線と近畿圏の在来線を収益の柱とする一方、中国・北陸の山間部に多くのローカル線を抱えていた。首都圏のような通勤需要を持たない西日本では、沿線人口の減少や少子高齢化、道路整備の進展によって、これらの路線の利用が長い時間をかけて細っていった。会社発足から35年の間に、鉄道が地域の移動を担う前提そのものが揺らいでいた[1]

こうした利用の縮小に対し、JR西日本は個別の廃止で対応してきた経緯がある。2018年には島根・広島県境を結ぶ三江線の108.1キロメートルを廃止し、地方交通線の縮小は現実の選択肢として積み重なっていた。ただ、路線ごとの撤退を続けるだけでは、鉄道網全体をどう維持するかという問いには答えきれない状況にあった[2]

コロナ禍で問われた内部補助

利用の細りは以前からの課題であったが、その持続性を一気に問い直したのが新型コロナウイルスの感染拡大であった。2021年3月期にJR西日本は発足以来初の純損失を計上し、翌2022年3月期も1,131億円の純損失が続いた。2期で約3,460億円の赤字を出し、有利子負債はコロナ前の1兆円規模から1兆6,392億円へ膨らんでいた[3]

収益基盤が細るなかで、都市部や新幹線の利益で赤字ローカル線を支える内部補助を、これまで通り続けられるかが経営の論点になった。2022年3月期の連結売上高は1兆0311億円、営業損益は1,191億円の赤字にとどまり、鉄道に偏った収益構造の弱さが表面化していた。線区ごとの採算を地域と向き合って考え直す機運が、社内外で高まっていった[4]

決断

線区別収支の初公表

2022年4月11日、JR西日本は「ローカル線に関する課題認識と情報開示について」を公表し、輸送密度が1日2,000人未満の線区について、線区別の収支率などを初めて明らかにした。対象は17路線30区間で、収入は線区の運輸収入、費用は線区で発生する費用を計上し、直近の3か年平均で示された。個別路線の採算を会社として開示するのは異例の対応であった[5]

開示された数字は、赤字の深さを具体的に映していた。芸備線の東城〜備後落合は収支率が0.4パーセントにとどまり、100円の運輸収入を得るのに約2万5千円の費用がかかっていた。平均通過人員は2019年度で1日あたり11人であった。一方、最も赤字額が大きい山陰線の出雲市〜益田は、年間34.5億円の営業損失を計上していた[6]

廃止でなく協議の枠組み

JR西日本は、この開示を路線廃止の通告としては打ち出さなかった。狙いは、各線区の実態や課題を地域と共有し、より具体的な議論に入ることに置かれていた。会社は、地域のまちづくりや移動ニーズをふまえ、鉄道の上下分離等を含めた地域旅客運送サービスの確保について、幅広く議論と検討を行いたいとした[7]

打ち出しは抑制的であった。会社は、持続可能な地域社会に向けて、線区の特性や移動ニーズをふまえた最適な地域交通体系を、地域とともに創り上げていく必要があるとした。長谷川一明社長のもとで、存廃を一方的に決めるのではなく、事実を共有したうえで対話に入る枠組みが選ばれた。もっとも、赤字額を数字で示すこと自体が、地域に廃止への警戒を呼び起こす面も避けられなかった[8]

結果

毎年更新される赤字の可視化

情報開示は一度きりではなく、毎年更新されていった。2023年11月には、乗客の少ない17路線30区間について、2020〜22年度の営業収支が年度平均で237億8000万円の赤字であると公表された。営業係数が最も高いのは芸備線の東城〜備後落合で、100円の収入を得るのに1万5516円を要していた。赤字の全体像は、毎年の開示を通じて継続的に社会へ示されていった[9]

その後も対象は広がり、赤字は積み上がっていった。2025年10月の開示では、輸送密度2,000人未満の路線が19路線32区間となり、いずれも赤字で、合計の赤字額は267億円に達した。芸備線の東城〜備後落合は、営業係数が前年の1万1766円から9945円へとわずかに改善したものの、なお全国屈指の水準にとどまった。数字は年を追って厳しさを増していった[10]

制度に接続した存廃協議

収支公表が投げかけた問いは、やがて国の制度に接続した。2023年10月に改正地域交通法が施行され、国が仲介して沿線自治体と鉄道事業者が話し合う「再構築協議会」の枠組みが整えられた。JR西日本は同月3日、芸備線の備中神代〜備後庄原について協議会の設置を要請し、翌2024年1月12日、中国運輸局がこの区間を特定区間とする協議会の設置を決めた[11]

この協議会は、改正地域交通法に基づく制度を全国で初めて適用した事例となった。以後、芸備線では国と自治体、JR西日本が存廃を含む地域交通の再編を協議し、美祢線ではバス高速輸送システムでの復旧に向けて沿線自治体との話し合いが始まった。線区別収支の公表は、個別の協議へと形を変えながら、全国のローカル線問題の先行事例となっていった[12][13]

出典・参考