1987年4月、日本国有鉄道改革法(昭和61年法律第[1]87号)にもとづき、九州旅客鉄道株式会社が福岡市に発足した。鉄道インフラ会社が鉄道では赤字を出し運用益で帳尻を合わせる構造で生まれたのは戦後経済史でも例外的な設計である。
設立直後から金利低下が運用益を侵食した。九州旅客鉄道は飛行機・高速バスとの旅客流動競争に対抗するため、ワンマン運転の拡大、列車本数の増加、スピードアップ、新駅設置を順次実施し、メンテナンス費用と駅業務体制も見直した。それでも九州島内の人口減少と過疎化が進む沿線では収益増が限られ、鉄道事業の単体黒字化は遠かった。国鉄時代に法律で原則禁じられていた非鉄道事業への展開が、収益源確保の唯一の選択肢となった。
国鉄改革で旧国鉄が抱えた鉄道用地のうち、駅周辺の商業適地は九州旅客鉄道が継承した。同社は早期から駅という顧客接点を商業施設・不動産・流通事業に振り向ける方針を採り、1988年に㈱九州交通企画(現JR九州サービスサポート㈱)、[2]1990年にジェイアール九州ハウステンボスホテル㈱(現JR九州ホテルズアンドリゾーツ㈱)、[3]1995年に小倉ターミナルビル㈱(現㈱JR小倉シティ)、[4]1996年にジェイアール九州リーテイル㈱を矢継ぎ早に設立した。[5]駅ビル運営・ホテル・小売・コンサルティング・整備など、いずれも鉄道事業との隣接領域で、鉄道インフラの集客力と土地資産を活用できる事業である。1990年代後半までに連結子会社44社の体制を組み上げ[6]、グループ売上の鉄道依存度を下げる動きを進めた。
1996年2月のジェイアール九州リーテイル設立で流通事業を譲渡し[7]、駅構内売店事業の経営自由度を高めた。1998年4月には九州整備㈱と鉄道産業㈱を合併[8]させてジェイアール九州メンテナンス㈱(現JR九州エンジニアリング㈱)を発足、整備工事をグループ内製化した。2001年2月にはジェイアール九州バス㈱を設立して自動車事業を譲渡し、[9]2003年1月にはJR九州ライフサービス㈱を設立して介護事業に進出した。[10]1987年の発足時、九州旅客鉄道は鉄道事業以外をほとんど持たない単一事業会社だったが、2003年までには鉄道・建設・流通・ホテル・不動産・整備など、複数事業を束ねる地域コングロマリットとしての骨格を形作った。鉄道事業の構造的赤字を非鉄道事業の利益で埋める収益構造の基盤は、この16年で整備された。
2004年3月、九州新幹線が新八代~鹿児島中央間で部分開業した[11]。同時に並行在来線の鹿児島本線八代~川内間(116.9km)を肥薩おれんじ鉄道㈱に移管し[12]、不採算区間を切り離した。新幹線開業によって博多~鹿児島中央間の所要時間は新八代乗り換えを挟んで2時間10分程度まで短縮され、航空機との競合区間で鉄道の優位性が高まった。並行在来線分離は整備新幹線スキームに沿った仕組みで、第三セクター方式で運営される肥薩おれんじ鉄道が貨物列車運行と旅客輸送を継続し、九州旅客鉄道は新幹線・在来線特急の収益区間に経営資源を集中できる構造に再編した。同区間の収益寄与はその後も拡大を続け、同区間の収益寄与はその後も拡大を続け、九州旅客鉄道の鉄道事業における地域別収益構造の最初の再編事例となった。
部分開業段階での新幹線収益はまだ限定的だったが、九州旅客鉄道は新幹線開業を待たずに駅ビル開発・不動産販売・ホテル運営の拡張を継続した。経営安定基金の運用益が金利低下で目減りする一方で、駅ビル賃料と不動産販売の利益は底堅く伸びた。3代目社長の石原進氏(2002〜2009年在任)の経営体制で、収益源を鉄道から非鉄道へ移す方針が経営の主軸として明文化され、[13]JR博多シティ計画(2011年開業)の準備も2000年代後半から始まった。[14]1987年に『持参金』で生まれた赤字鉄道会社が、非鉄道事業で連結黒字を支える複合企業へ事業構造を組み替えていく基礎工事は、この第1期を通じて積み上がった。
2011年3月12日、九州新幹線が博多~鹿児島中央間で全線開業し[15]、博多と鹿児島が最短1時間17分で結ばれた。その9日前の3月3日には、JR博多シティ[16]が博多駅直結で開業していた。地上11階・地下3階・延床面積約20万平方メートル[17]の駅ビルで、阪急百貨店・東急ハンズ・専門店街・シネマコンプレックスを集約した九州最大級の駅ナカ商業施設である。九州新幹線全線開業と博多駅再開発の同時実行は、新幹線で運ばれる人流をそのまま駅ビル内消費に取り込む構造を作り、運輸サービスと駅ビル・不動産の収益が相乗効果を生んだ。FY15(2016年3月期)の連結売上3,780億円のうち、駅ビル・不動産セグメントは外部顧客売上562億円・営業利益204億円で、全営業利益の過半を稼ぐ収益源に育った。鉄道事業(運輸サービスセグメント)は同期で売上1,763億円・営業損失105億円と赤字のままで、駅ビル・不動産が鉄道赤字を補う構造が数字に現れた。
2013年10月、九州各地を巡る豪華寝台列車[18]『ななつ星 in 九州』[引用元]が運行を開始した。開発費約30億円、7両編成、1泊2日と3泊4日の2コース[19]で、料金は2人1室利用で1人当たり最高56万6,000円と国内鉄道としては前例のない高価格帯を設定した。4代目社長の唐池恒二氏(2009〜2014年在任)が主導[20]したプロジェクトで、初期予約倍率は7〜9倍に達した。唐池氏は後年、ななつ星を世界一の列車にしたいという志を起点に開発を進めたと振り返り、観光列車を単なる輸送手段ではなく感動体験を提供する商品[21]と定義した。
ななつ星の成功は観光列車事業を九州旅客鉄道の収益と認知度の両面で押し上げ、後続のD&S列車(観光列車)の拡充とインバウンド需要の取り込みを進めるきっかけとなった。九州各地の温泉地や農産地を巡る巡回ルート設計は、地域観光資源を鉄道輸送と組み合わせて販売する事業モデルで、JTB等の旅行代理店経由ではなく九州旅客鉄道直販で完売する仕組みとした。新幹線全線開業・JR博多シティ開業・ななつ星就航[22]の3つが2011〜2013年に集中したことで、九州旅客鉄道の事業構造は鉄道単独から非鉄道を含む複合体へと事実上組み替わった。鉄道事業赤字を駅ビル・不動産・観光列車の利益で補填する収益構造は、後続の上場準備の財務的前提として整った。
2016年3月期、九州旅客鉄道は鉄道事業固定資産について特別損失5,462億円を計上した。同期の経常利益320億円に対し、特別損失546,218100万円を差し引いた結果、親会社株主に帰属する当期純損失は4,331億円となった。この減損は同年10月の東証一部上場に向けた経営判断で、鉄道事業の収益性が固定資産の簿価に見合わないことを会計上明示する目的があった。減損処理によって鉄道事業の翌期以降の減価償却費負担が圧縮され、運輸サービスセグメントの営業損益が表面上は改善する仕組みが整った。
会計検査院は2015年の随時報告で、基金の処理がJR3[23]島会社のなかでJR九州のみ上場時に全額充当される異例の取り扱いであることを指摘した。JR北海道(6,822億円)とJR四国(2,082億円)の基金は据え置きの方針で、[24]九州旅客鉄道のみが基金を財務処理に充てて上場するという扱いは、九州における非鉄道事業の利益創出力が他2島に比べて高く評価されたことの裏返しでもある。
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|---|---|---|---|---|
| 1987〜2003年経営安定基金3,877億円という持参金から始まった赤字鉄道会社 | 国鉄分割民営化による発足と、経営安定基金3,877億円を前提とした事業設計 1987年4月1日、日本国有鉄道改革法にもとづき九州旅客鉄道株式会社が福岡市に発足した。鉄道事業単体では黒字が見込めない前提で設計された会社で、国は長期債務を承継させない代わりに経営安定基金3,877億円を交付し、その運用益で鉄道の営業損失を埋める構造とした。初代社長には国鉄常務理事から転じた石井幸孝氏が就いた。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 「九州交通企画」設立 | ★ | |||
| 「ジェイアール九州オーエーサービス」設立 | ★ | |||
| 「ジェイアール九州コンサルタンツ」設立 | ★ | |||
| 「ジェイアール九州ハウステンボスホテル」設立 | ★ | |||
| 「小倉ターミナルビル」設立 | ★ | |||
| 駅ビル・不動産・流通・介護へ広げた非鉄道事業の構築 九州旅客鉄道が1996年から2003年にかけて、駅構内の流通事業を分社し、小倉・長崎で駅ビルを開業し、建設子会社と介護子会社を並べて、鉄道以外の収益源を面として組み上げた一連の判断。1996年2月のジェイアール九州リーテイル設立から、2003年1月のJR九州ライフサービス設立までが一つの流れにあたる。 詳細を読む | ★★★ | |||
| 「九州交通企画」へ「九鉄開発」を合併 | ★ | |||
| 「ジェイアール九州メンテナンス」発足 | ★ | |||
| 「ジェイアール九州バス」設立し自動車事業を譲渡 | ★ | |||
| 「三軌建設」の株式取得・子会社化 | ★ | |||
| 「JR九州ライフサービス」設立 | ★ | |||
| 「九鉄工業」の株式追加取得・子会社化 | ★ | |||
| 2004〜2015年九州新幹線全線開業と非鉄道事業による黒字確保 | 九州新幹線新八代〜鹿児島中央が開業 | ★★ | ||
| 鹿児島本線八代〜川内を肥薩おれんじ鉄道へ移管 | ★★ | |||
| 「JR九州リテール」発足 | ★ | |||
| 2016〜2025年完全民営化、コロナ禍の収益再構成、TSMC熊本との接続 | 青柳俊彦 | 鉄道資産の一括減損と経営安定基金の全額充当による東証一部上場 2016年10月25日、九州旅客鉄道が東京証券取引所市場第一部に上場し、JRグループで4社目の完全民営化に至った。上場に先立つ2016年3月期には経営安定基金3,877億円を全額取り崩し、九州新幹線使用料の一括前払いと借入金の返済に充てたうえで、鉄道事業の資産を一括して減損している。 詳細を読む | ★★★ | |
| 青柳俊彦 | 中間持株会社「JR九州駅ビルHD」設立 | ★★ | ||
| 青柳俊彦 | 「JR熊本シティ」設立 | ★ | ||
| 青柳俊彦 | 「JR宮崎シティ」設立 | ★ | ||
| 青柳俊彦 | 「JR九州アセットマネジメント」設立 | ★ | ||
| 青柳俊彦 | 「(同)JR九州企業投資」設立 | ★ | ||
| 古宮洋二 | 東京証券取引所プライム市場へ移行 | ★★ | ||
| 古宮洋二 | 「JR九州ホテルマネジメント」設立 | ★ | ||
| 古宮洋二 | 「JR九州ホテルズアンドリゾーツ」に商号変更・吸収合併完了 | ★★ |
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事実根拠:出所(九州旅客鉄道)