南満洲鉄道の決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

所有せず、経営だけを引き受けて路線を増やした。1907年5月、設立命令書が課した3年以内の標準軌化に応じ、三呎六吋の狭軌を四呎八吋半へ改築し。自前の線路を整えたのち、増やし方は買収から受託へ移る。1917年7月には朝鮮総督府管理の国有鉄道の経営を受託し、所有権を総督府に残したまま鮮満両鉄道を一体で運営した。1933年2月には満洲国国有鉄道の受託経営に入り、奉天に鉄路総局を置いて満洲国の国有既成鉄道を一元管理する。同年10月には朝鮮総督府から延長330粁の北鮮鉄道の経営も委託された。営業粁は1937年度末の9655粁から1943年5月末の1万1205粁へ延び、鉄道従業員は1937年の9万8000人から1943年5月の21万人へ倍増する。線路を増やす一方で、1937年10月には昭和製鋼所株75%など重工業持分1億890万円を満洲国政府へ譲渡し、重工業からは撤退した。

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