決断
輸送量が増え続ける前提で借り、その前提が崩れても投資を止めなかった。1959年4月、十河信二総裁は在来線の改良案を採らず、標準軌の別線として東海道新幹線を建設した。1964年10月に開業した新幹線は1970年度に1174億円の利益を出したが、国鉄全体は開業と同じ1964年度に300億円の純損失へ転じる。1968年には線区をA・B・Cに区分して赤字の所在を示したものの、地元の反対と別法にもとづく新線建設のために廃止は進まなかった。1969年5月の特別措置法にもとづく設備投資3兆7000億円と要員約6万人の縮減を掲げた10年計画も、輸送量の増加を前提に借入で設備を積み、給与の上昇と輸送の伸び悩みで2年目に挫折した。借入が利子を生み、その利子のためにまた借入が増える循環はここで固まった。
1985年7月 分割民営化でJRへ移行
1982年2月 三塚委員会への情報提供
業績の推移1981 1982 1984 売上高(兆円) 3.2 3.3 3.4 営業利益率(%) -36.3 -44.1 -53.7 1975年11月 スト権奪還ストの中止要請
業績の推移1974 1975 1980 売上高(兆円) 1.6 1.8 3.0 営業利益率(%) -42.1 -50.7 -33.8 1970年4月 生産性向上運動の中止
生産性向上運動の中止財政再建の企業努力として職員の意識面から生産性を上げる教育を全国で行い、現場での組合脱退工作が不当労働行為と認定されて中止した判断同じ経営論点に直面した企業 | 構造改革・リストラ業績の推移1969 1970 1975 売上高(兆円) 1.0 1.1 1.8 営業利益率(%) -12.7 -13.5 -50.7 1969年5月 財政再建10年計画の策定
財政再建10年計画の策定輸送量の増加を前提に借入で設備投資を進め、同時に要員を縮減して1978年度の黒字回復をめざした10年計画同じ経営論点に直面した企業 | 構造改革・リストラ業績の推移1968 1969 1974 売上高(兆円) 0.9 1.0 1.6 営業利益率(%) -14.8 -12.7 -42.1 1968年 赤字ローカル線の廃止見送り
赤字ローカル線の廃止見送り線区を輸送需要でA・B・Cに区分して赤字の所在を示しながら、地元の反対と別法にもとづく新線建設のために廃止へ進めなかった判断同じ経営論点に直面した企業 | 経営計画・中期戦略業績の推移1967 1968 1973 売上高(兆円) 0.9 0.9 1.4 営業利益率(%) -11.1 -14.8 -33.5 1967年3月 第3次長期計画の1人乗務化
第3次長期計画の1人乗務化動力の近代化で不要となった機関助士約7500人を、解雇ではなく機関士・運転士への昇格による配置転換で吸収し、1人乗務へ移行した判断同じ経営論点に直面した企業 | 構造改革・リストラ業績の推移1966 1967 1972 売上高(兆円) 0.8 0.9 1.2 営業利益率(%) -7.7 -11.1 -28.1 1962年5月 三河島事故後の防止委設置
業績の推移1961 1962 1967 売上高(億円) 5,054 5,291 8,561 営業利益率(%) 9.2 9.7 -11.1 1959年4月 東海道新幹線の建設
東海道新幹線の建設在来線の改良では吸収できない東海道の輸送需要に対し、標準軌の別線を新設して輸送力を確保する方式の選択同じ経営論点に直面した企業 | 新規事業・多角化業績の推移1958 1959 1964 売上高(億円) 3,359 3,678 6,002 営業利益率(%) 0.8 0.8 -5.4 1949年5月 人員整理と下山・三鷹・松川事件