しずおかフィナンシャルグループ自己株式の取得消却:邦銀で初めて踏み切った資本の払い戻しと、発行済み株数の圧縮

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時期 1997年12月
意思決定者(推定) 神谷聰一郎 頭取
論点 資本効率と株主還元
概要

1997年12月、静岡銀行が邦銀として初めて自己株式の取得・消却を実施した。同年に自己株式取得の決定が株主総会決議から取締役会決議で足りるようになった制度改正を受けた動きで、市場で買い付けた自行株式を消却し、発行済株式数を減らした。

背景

1997年秋に金融不安が現実のものとなり、翌1998年3月には30兆円の公的資金枠のもとで大手21行が資本注入を受けた。静岡銀行はバブル期の投機に深入りせず、ムーディーズからAa3の格付けを保っていた数少ない銀行で、不良債権処理よりも厚い資本の使い道が課題であった。

内容

当時は上場企業のおよそ半数が消却のための定款変更を決議しながら、実際の実施は表明企業の3割にとどまっていた。

含意

自己資本比率の維持が銀行経営の成績表そのものであった時期に、自ら資本を減らす側に回った。格付け会社が消却を財務面ではマイナスと見ていたことを思えば、体力の裏づけなしには選べない判断であった。

筆者の見解

資本を返せる銀行であるということ

当たり前でなかったのは、それを1997年12月に銀行が言った点である。公的資金の注入が目前に迫るなかで、地銀の一行だけが逆を向き、稼いだ利益で自行株を買い戻した。定款だけ整えて様子をうかがう企業が大半のなかで実行へ移せたのは、消却しても比率が揺るがない資本を持っていたからだとみられる。

ただ、この一手が静岡銀行を変えたと言うには、その後の姿は静かである。剰余金は2002年に地銀の筆頭として3,500億円を数え、中核自己資本比率は2003年に全国トップへ立った。資本を返してみせた行が、資本の厚さでも先頭に立ち続けたことになる。CET1比率13%程度を妥当とする2026年の説明も、その延長線上にある。1997年の消却は資本規律の転換点というより、資本をどこまで持つべきかという問いを邦銀で最初に口にした出来事とみるのが近い。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

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出典・参考
  • 静岡銀行「会社概要・沿革」(https://www.shizuokabank.co.jp/companyinfo/profile/gaiyo_history.html)
  • しずおかフィナンシャルグループ 2026年2月19日 CFOスモールミーティング 質疑応答
  • 静岡銀行 会社年鑑(単体業績)

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