決断
県内の店と預金を、地元の1行へ寄せることから始めた銀行である。1944年の石川貯蓄銀行に続き、1948年3月に協和銀行の小松支店を、1950年10月に日本勧業銀行の小松出張所を譲り受けた。並行して、1948年の9割減資の後は日本銀行出身の石橋義雄氏が頭取として増資を重ね、資本を積み直している。その結果、1955年3月末には88ヵ店・預金180億円の規模に達した。そのうえで1960年3月に外国為替の取扱銀行となり、県内の取引先に向けた業務の幅を広げた。
県内の店と預金を、地元の1行へ寄せることから始めた銀行である。1944年の石川貯蓄銀行に続き、1948年3月に協和銀行の小松支店を、1950年10月に日本勧業銀行の小松出張所を譲り受けた。並行して、1948年の9割減資の後は日本銀行出身の石橋義雄氏が頭取として増資を重ね、資本を積み直している。その結果、1955年3月末には88ヵ店・預金180億円の規模に達した。そのうえで1960年3月に外国為替の取扱銀行となり、県内の取引先に向けた業務の幅を広げた。
免責事項およびポリシー