しずおかフィナンシャルグループ の歴史

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創業 1943年
母体 静岡三十五銀行+遠州銀行
創業地 静岡市
創業
1943年3月、戦時金融統制下の一県一行主義に沿って、静岡市の静岡三十五銀行と浜松市の遠州銀行が合併し、株式会社静岡銀行が発足した。県内の地銀を一つに集約する行政方針が、東海道沿いの製造業、県西部の自動車・楽器、県東部の観光・食品まで、産業の異なる預金と貸出を一手に取り込む地盤を与えている。1950年1月に外国為替業務を始め、1961年10月に東京証券取引所市場第一部へ上場した。1974年3月の葵リース(現・静銀リース)を皮切りにグループ会社を設立し、2022年10月には単独株式移転で持株会社しずおかフィナンシャルグループを設立して、同月に東証プライム市場へ上場している。
決断
資本を厚く積む側ではなく、資本の効率を先に問うてきた銀行である。1997年12月、邦銀として初めて自己株式の取得と消却を実施し。翌1998年3月に30兆円の公的資金枠のもとで大手21行が資本注入を受ける、その直前にあたる。バブル期に株式と土地の投機へ深入りせず、ムーディーズからAa3の格付けを保っていたことが、自ら発行済株式数を減らす選択を許した。2003年3月にはTier1比率11.01%で全国首位に立っている。2005年6月に就任した中西勝則頭取は業務プロセス改革を12年かけて進めた。2024年9月には平均満期を6.4年とみなすコア預金の内部モデルを導入し、金利のある局面で預金をどこまで運用へ振り向けられるかを自ら決める余地を広げた。
現況
業務範囲を広げるための持株会社化が、まだ収益の構成を変えていない。2026年3月期の連結経常収益は4,385億円、経常利益1,303億円、親会社株主に帰属する当期純利益905億円で、いずれも持株会社の発足以来で最も大きい。ただし内訳は銀行業が経常収益3,897億円・セグメント利益1,228億円、リース業が323億円・16億円で、銀行業がセグメント利益の98%を占める。中期経営計画は連結経常利益1,000億円の配分として銀行で650〜700億円、グループ会社と新事業分野で300〜350億円を掲げた。非金融事業は2023年11月に設立したSFG不動産投資顧問が2024年度に営業を始めたばかりで、この配分はまだ数字に現れていない。
競合
地銀再編では、統合する側にも統合される側にも回っていない。北関東では2016年10月に足利銀行が常陽銀行との株式交換でめぶきフィナンシャルグループを発足し、2つの商号を残したまま同じ持株会社の下へ入った。静岡銀行が選んだのは資本を持ち合わない提携で、2020年10月に山梨中央銀行と静岡・山梨アライアンスを発足し、5年間で2行合算137億円の収益効果を積み上げて目標の100億円を超えた。2025年3月には八十二銀行を加えた富士山・アルプスアライアンスを締結し、3行合算で5年200億円を新たな目標に置いている。資本を持ち合わない提携を重ねた結果、静岡銀行は統合の相手を探す側ではなく、預金と有価証券の運営手法を他行へ供給する側へ移った。
しずおかフィナンシャルグループ:長期業績の推移(売上高・利益率)売上高(億円純利益率(%)
1997年3月期2026年3月期

設立ストーリー 戦時統制で生まれた地銀の優等生ポジション (1943年〜)

一県一行主義が残した地銀のスタートライン

1943年3月、戦時金融統制下の銀行集約政策に沿って、静岡三十五銀行と遠州銀行が合併して株式会社静岡銀行が発足[1]した。当時の銀行行政は『一県一行主義』のもとで県内地銀を1つに集約して戦時金融を効率化する方針を取り[2]、全国で同種の統合が進んだ。静岡銀行もその枠組みで生まれ、静岡県の地銀市場の主要プレーヤーとして戦後を迎えた。1950年代に東京店頭売買銘柄への登録を経て、1961年10月には東京証券取引所市場第一部へ上場し、地銀としての資本調達力と知名度を全国金融市場で確かなものとした。[3]1974年には葵リース(後の静銀リース)を設立し[4]、銀行本体の周辺業務を担うグループ会社の地ならしに着手した。

    • [1]1943年3月 静岡三十五銀行と遠州銀行が合併し株式会社静岡銀行が発足
    • [2]戦時の銀行集約は一県一行主義の方針だが、静岡県では駿河銀行(現スルガ銀行)が合併を拒否し清水銀行も存続したため実際は1行集約に至らず3行が鼎立した
    • [3]1961年10月 東京証券取引所市場第一部に上場
  • しずおかフィナンシャルグループ 有価証券報告書 第1期(2023年3月期)【沿革】
    • [4]1974年3月 葵リース株式会社(1993年1月 静銀リース株式会社に商号変更)を設立

戦後の静岡銀行は県内経済の主要な資金供給者として、東海道ベルト地帯の製造業集積、県西部の自動車・楽器産業、県東部の観光・食品産業という多様な産業基盤へ根を下ろした。全国地銀のなかでも預金量・貸出金とも上位に位置し、自己資本比率の高さと高格付けに支えられた保守的な経営で知られる『優等生地銀』の地位を長く維持した。製造業集積地帯を抱える静岡県の経済構造そのものが、地銀としての資金需要と取引先ポートフォリオの幅を支え、健全性と収益性を同時に確保しやすい土台となった。首都圏と中京圏を結ぶ東海道の大動脈上にある地理的優位も同時に効いた。

    • [1]1943年3月 静岡三十五銀行と遠州銀行が合併し株式会社静岡銀行が発足
    • [2]戦時の銀行集約は一県一行主義の方針だが、静岡県では駿河銀行(現スルガ銀行)が合併を拒否し清水銀行も存続したため実際は1行集約に至らず3行が鼎立した
    • [3]1961年10月 東京証券取引所市場第一部に上場
  • しずおかフィナンシャルグループ 有価証券報告書 第1期(2023年3月期)【沿革】
    • [4]1974年3月 葵リース株式会社(1993年1月 静銀リース株式会社に商号変更)を設立

公的資金を受けなかった財務体質の源流

戦後から2000年代初頭までの静岡銀行は、厚い自己資本と高格付けを土台に、県内中小企業融資と個人住宅ローンを主軸とする伝統的な地銀ビジネスを続けた。バブル崩壊後の不良債権処理期にも、他地銀のような経営危機に直面せず、相対的に健全な財務を維持した。他地銀のように公的資金の注入を受けず、自力で不良債権処理を完遂した数少ない地銀上位行の1つで、県内外の金融市場で高い信用力を保った。BIS規制に基づく自己資本比率も国内地銀のなかで上位を保ち、ムーディーズ・S&Pの格付けでも国内地銀屈指の評価を受け続けた。それが後のアライアンス交渉における交渉力の源泉となり、持株会社化後のガバナンス設計にも反映される原体験となった。

預貸金中心の収益モデルは低金利環境下で成長余地が限られ、リース・証券・カード等のグループ会社を抱えつつも、本体銀行へ収益が偏る構図が続いた。2000年代初頭まで静岡銀行は地盤の良さと堅い財務と『成長性の乏しさ』という両面の評価を抱える地銀で、次の経営改革に向けた土台が水面下で積み上がった。地銀再編の議論が全国で高まった2000年代前半、静岡銀行は財務体力の面で急な経営統合を迫られる立場になかった半面、将来の収益成長をどう描くかという課題は同業他行以上に重く、次世代の経営トップへ課題として引き継がれた。2005年の中西勝則頭取就任と同時に、業務プロセス改革として解答が求められた。

「マーケットに耳を傾ける」へのプロセス改革

2005年6月、中西勝則氏が静岡銀行第10代頭取に就任した。以後12年の在任期間で、中西勝則氏(頭取)は『利他の心』『マーケットイン』『BPR(業務プロセス改革)』を前面に押し出し、プロダクトアウト型の地銀経営を外向きに組み替えた。[5]中西勝則氏(頭取)は『マーケットに耳を傾けることです』[引用元](タナベコンサルティング TCG REVIEW)と述べ、さらに『業務プロセスが多いほどリスクは高まるし、手間もかかります』[引用元](タナベコンサルティング TCG REVIEW)と業務簡素化を繰り返し強調した。背景には地方銀行の使命を『銀行経営と地域発展を成り立たせること』[引用元](タナベコンサルティング TCG REVIEW)に置く考えがあり、預貸金中心の成熟モデルのままでは成長が望めないという危機感を支店網と本部組織で共有した。中西勝則氏(頭取)の12年で、組織文化そのものを外向きに組み替える作業が続いた。

  • しずおかフィナンシャルグループ 有価証券報告書 第1期(2023年3月期)【役員の状況】
    • [5]2005年6月 中西勝則が静岡銀行第10代頭取に就任、在任12年(2017年まで)

中西勝則氏(頭取)時代の静岡銀行は、グループ会社の自立化にも力を注いだ。中西勝則氏(頭取)は各社が自立して独自性を出すべきで、同じグループだからといって銀行に頼り続けてはならないと述べ、証券・リース・キャピタルが銀行本体に依存せず独立した収益源となる方向を示した。[6]判断基準としては、顧客を理解するために必要なのは売上ではなくまず資金繰りであるとして、本業の現場感覚を重ねて求めた。後のしずおかFGが掲げる『グループ会社間連携』の思想は、中西勝則氏(頭取)時代の自立化路線を土台に置き、2022年の持株会社移行後の連邦型運営の土台となった[7]。静銀リースや静銀経営コンサルティングなど、県内産業とつながりの深い各社が銀行本体の顧客基盤を共有しつつ独自のサービス領域を磨く姿が、中西勝則氏(頭取)在任のなかで具体化した。

    • [6]中西勝則の発言「自立し、独自性を出すのです。同じグループだからと言って、いつまでも銀行に頼っていてはいけないのです」「お客様のことを理解するために必要なことは、売上ではなく、まず資金繰りです」
  • しずおかフィナンシャルグループ 有価証券報告書 第1期(2023年3月期)【沿革】
    • [7]2022年に持株会社へ移行(連邦型運営の土台)
  • しずおかフィナンシャルグループ 有価証券報告書 第1期(2023年3月期)【役員の状況】
    • [5]2005年6月 中西勝則が静岡銀行第10代頭取に就任、在任12年(2017年まで)
    • [6]中西勝則の発言「自立し、独自性を出すのです。同じグループだからと言って、いつまでも銀行に頼っていてはいけないのです」「お客様のことを理解するために必要なことは、売上ではなく、まず資金繰りです」
  • しずおかフィナンシャルグループ 有価証券報告書 第1期(2023年3月期)【沿革】
    • [7]2022年に持株会社へ移行(連邦型運営の土台)

マイナス金利下の「控えめな計画」

2016年のマイナス金利政策導入は[8]、静岡銀行のような預貸金中心の地銀に直接の逆風となった。2017年6月に中西勝則氏(頭取)から柴田久[9]へバトンが渡る頃、地銀業界全体が収益モデルの限界に直面していた。柴田久頭取は後に当時の中計を振り返り、控えめな計画にならざるを得[10]なかったとして本体銀行の成長余地が構造的に圧迫されていた事情を認めた。金利収入の縮小に対し、グループ会社の役務収益や投信・保険販売による収益源の多様化、非銀行領域の収益確保の重要性が高まった。経営陣は銀行単独での打開策には限界があるとの認識を共有し、アライアンスや持株会社化が現実的な解となった。

  • 日本銀行 マイナス金利付き量的・質的金融緩和の導入(2016年1月29日決定・2月16日適用)
    • [8]2016年 日本銀行のマイナス金利政策導入
  • しずおかフィナンシャルグループ 有価証券報告書 第1期(2023年3月期)【役員の状況】
    • [9]2017年6月 柴田久が静岡銀行第11代頭取に就任(中西勝則の後任)
    • [10]柴田久の発言「控えめな計画にならざるを得ませんでした」

2020年10月、静岡銀行は山梨中央銀行との『静岡・山梨アライアンス』を発足し[11]、経営統合を伴わない広域連携の枠組みに乗り出した。県境を越えた地銀同士の人的交流と業務共有を通じ、独自性を保ちながら広域経済圏の資金需要と取引先基盤を共同で取り込む地銀連携モデルとして業界の注目を集め、後の富士山・アルプスアライアンスの布石となった。

  • しずおかフィナンシャルグループ 有価証券報告書 第3期(2025年3月期)
    • [11]2020年10月に山梨中央銀行との「静岡・山梨アライアンス」を発足
  • 日本銀行 マイナス金利付き量的・質的金融緩和の導入(2016年1月29日決定・2月16日適用)
    • [8]2016年 日本銀行のマイナス金利政策導入
  • しずおかフィナンシャルグループ 有価証券報告書 第1期(2023年3月期)【役員の状況】
    • [9]2017年6月 柴田久が静岡銀行第11代頭取に就任(中西勝則の後任)
    • [10]柴田久の発言「控えめな計画にならざるを得ませんでした」
  • しずおかフィナンシャルグループ 有価証券報告書 第3期(2025年3月期)
    • [11]2020年10月に山梨中央銀行との「静岡・山梨アライアンス」を発足

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しずおかフィナンシャルグループの沿革1943〜2025年における主な出来事を抜粋

時代年月社長・CEO出来事重要度
1943〜2004年戦時統制で生まれた地銀の優等生ポジション静岡三十五銀行と遠州銀行が合併し静岡銀行が発足★★
外国為替業務取扱開始
東京証券取引所市場第一部に上場
葵リース(1993年1月 静銀リースに商号変更)設立
葵信用保証(1993年1月 静銀信用保証に商号変更)設立
静銀ビジネス・サービスを設立
静岡ダイヤモンドクレジットを設立
静岡キャピタル設立
ロスアンゼルス支店開設(海外支店第1号)
ニューヨーク支店開設
静岡モーゲージサービス(2012年4月 静銀モーゲージサービスに商号変更)設立
信託業務取扱を開始★★
邦銀初の自己株式取得と消却の実施

1997年12月、静岡銀行が邦銀として初めて自己株式の取得・消却を実施した。同年に自己株式取得の決定が株主総会決議から取締役会決議で足りるようになった制度改正を受けた動きで、市場で買い付けた自行株式を消却し、発行済株式数を減らした。

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★★★
証券投資信託の窓口販売業務を開始
静銀ビジネスクリエイト設立
静銀経営コンサルティング(静岡印刷の事業内容・商号変更)営業を開始
個人年金保険の窓口販売業務を開始
証券仲介業務を開始
2005〜2017年中西勝則頭取によるBPR・マーケットイン改革と地銀経営の転換期中西勝則が静岡銀行第10代頭取に就任
銀行本体発行クレジットカード取扱を開始
Shizuoka Liquidity Reserve Limited設立
柴田久が静岡銀行第11代頭取に就任
2018〜2025年持株会社移行と山梨中央・八十二銀行との広域アライアンス展開しずぎんハートフル設立(2020年5月 特例子会社の認定を取得)
山梨中央銀行との静岡・山梨アライアンスを発足★★
柴田久しずおかフィナンシャルグループ発足、静岡銀行を完全子会社化★★
柴田久連結経常収益3,412億円・経常利益1,020億円・純利益746億円で過去最高
柴田久八十二銀行を加えた富士山・アルプスアライアンスを締結★★
出典・参考

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