1943年3月、戦時金融統制下の銀行集約政策に沿って、静岡三十五銀行と遠州銀行が合併して株式会社静岡銀行が発足[1]した。当時の銀行行政は『一県一行主義』のもとで県内地銀を1つに集約して戦時金融を効率化する方針を取り[2]、全国で同種の統合が進んだ。静岡銀行もその枠組みで生まれ、静岡県の地銀市場の主要プレーヤーとして戦後を迎えた。1950年代に東京店頭売買銘柄への登録を経て、1961年10月には東京証券取引所市場第一部へ上場し、地銀としての資本調達力と知名度を全国金融市場で確かなものとした。[3]1974年には葵リース(後の静銀リース)を設立し[4]、銀行本体の周辺業務を担うグループ会社の地ならしに着手した。
戦後の静岡銀行は県内経済の主要な資金供給者として、東海道ベルト地帯の製造業集積、県西部の自動車・楽器産業、県東部の観光・食品産業という多様な産業基盤へ根を下ろした。全国地銀のなかでも預金量・貸出金とも上位に位置し、自己資本比率の高さと高格付けに支えられた保守的な経営で知られる『優等生地銀』の地位を長く維持した。製造業集積地帯を抱える静岡県の経済構造そのものが、地銀としての資金需要と取引先ポートフォリオの幅を支え、健全性と収益性を同時に確保しやすい土台となった。首都圏と中京圏を結ぶ東海道の大動脈上にある地理的優位も同時に効いた。
戦後から2000年代初頭までの静岡銀行は、厚い自己資本と高格付けを土台に、県内中小企業融資と個人住宅ローンを主軸とする伝統的な地銀ビジネスを続けた。バブル崩壊後の不良債権処理期にも、他地銀のような経営危機に直面せず、相対的に健全な財務を維持した。他地銀のように公的資金の注入を受けず、自力で不良債権処理を完遂した数少ない地銀上位行の1つで、県内外の金融市場で高い信用力を保った。BIS規制に基づく自己資本比率も国内地銀のなかで上位を保ち、ムーディーズ・S&Pの格付けでも国内地銀屈指の評価を受け続けた。それが後のアライアンス交渉における交渉力の源泉となり、持株会社化後のガバナンス設計にも反映される原体験となった。
預貸金中心の収益モデルは低金利環境下で成長余地が限られ、リース・証券・カード等のグループ会社を抱えつつも、本体銀行へ収益が偏る構図が続いた。2000年代初頭まで静岡銀行は地盤の良さと堅い財務と『成長性の乏しさ』という両面の評価を抱える地銀で、次の経営改革に向けた土台が水面下で積み上がった。地銀再編の議論が全国で高まった2000年代前半、静岡銀行は財務体力の面で急な経営統合を迫られる立場になかった半面、将来の収益成長をどう描くかという課題は同業他行以上に重く、次世代の経営トップへ課題として引き継がれた。2005年の中西勝則頭取就任と同時に、業務プロセス改革として解答が求められた。
2005年6月、中西勝則氏が静岡銀行第10代頭取に就任した。以後12年の在任期間で、中西勝則氏(頭取)は『利他の心』『マーケットイン』『BPR(業務プロセス改革)』を前面に押し出し、プロダクトアウト型の地銀経営を外向きに組み替えた。[5]中西勝則氏(頭取)は『マーケットに耳を傾けることです』[引用元](タナベコンサルティング TCG REVIEW)と述べ、さらに『業務プロセスが多いほどリスクは高まるし、手間もかかります』[引用元](タナベコンサルティング TCG REVIEW)と業務簡素化を繰り返し強調した。背景には地方銀行の使命を『銀行経営と地域発展を成り立たせること』[引用元](タナベコンサルティング TCG REVIEW)に置く考えがあり、預貸金中心の成熟モデルのままでは成長が望めないという危機感を支店網と本部組織で共有した。中西勝則氏(頭取)の12年で、組織文化そのものを外向きに組み替える作業が続いた。
中西勝則氏(頭取)時代の静岡銀行は、グループ会社の自立化にも力を注いだ。中西勝則氏(頭取)は各社が自立して独自性を出すべきで、同じグループだからといって銀行に頼り続けてはならないと述べ、証券・リース・キャピタルが銀行本体に依存せず独立した収益源となる方向を示した。[6]判断基準としては、顧客を理解するために必要なのは売上ではなくまず資金繰りであるとして、本業の現場感覚を重ねて求めた。後のしずおかFGが掲げる『グループ会社間連携』の思想は、中西勝則氏(頭取)時代の自立化路線を土台に置き、2022年の持株会社移行後の連邦型運営の土台となった[7]。静銀リースや静銀経営コンサルティングなど、県内産業とつながりの深い各社が銀行本体の顧客基盤を共有しつつ独自のサービス領域を磨く姿が、中西勝則氏(頭取)在任のなかで具体化した。
2016年のマイナス金利政策導入は[8]、静岡銀行のような預貸金中心の地銀に直接の逆風となった。2017年6月に中西勝則氏(頭取)から柴田久氏[9]へバトンが渡る頃、地銀業界全体が収益モデルの限界に直面していた。柴田久頭取は後に当時の中計を振り返り、控えめな計画にならざるを得[10]なかったとして本体銀行の成長余地が構造的に圧迫されていた事情を認めた。金利収入の縮小に対し、グループ会社の役務収益や投信・保険販売による収益源の多様化、非銀行領域の収益確保の重要性が高まった。経営陣は銀行単独での打開策には限界があるとの認識を共有し、アライアンスや持株会社化が現実的な解となった。
2020年10月、静岡銀行は山梨中央銀行との『静岡・山梨アライアンス』を発足し[11]、経営統合を伴わない広域連携の枠組みに乗り出した。県境を越えた地銀同士の人的交流と業務共有を通じ、独自性を保ちながら広域経済圏の資金需要と取引先基盤を共同で取り込む地銀連携モデルとして業界の注目を集め、後の富士山・アルプスアライアンスの布石となった。
https://the-shashi.com/api/companies.json https://the-shashi.com/api/5831/manifest.json https://the-shashi.com/api/5831/history.json https://the-shashi.com/api/5831/timeline.json https://the-shashi.com/api/5831/executives.json https://the-shashi.com/api/5831/shareholders.json https://the-shashi.com/api/5831/financials.json https://the-shashi.com/api/5831/financials-longterm.json https://the-shashi.com/api/5831/segments.json https://the-shashi.com/api/5831/regions.json https://the-shashi.com/api/5831/workforce.json | 時代 | 年月 | 社長・CEO | 出来事 | 重要度 |
|---|---|---|---|---|
| 1943〜2004年戦時統制で生まれた地銀の優等生ポジション | 静岡三十五銀行と遠州銀行が合併し静岡銀行が発足 | ★★ | ||
| 外国為替業務取扱開始 | ★ | |||
| 東京証券取引所市場第一部に上場 | ★ | |||
| 葵リース(1993年1月 静銀リースに商号変更)設立 | ★ | |||
| 葵信用保証(1993年1月 静銀信用保証に商号変更)設立 | ★ | |||
| 静銀ビジネス・サービスを設立 | ★ | |||
| 静岡ダイヤモンドクレジットを設立 | ★ | |||
| 静岡キャピタル設立 | ★ | |||
| ロスアンゼルス支店開設(海外支店第1号) | ★ | |||
| ニューヨーク支店開設 | ★ | |||
| 静岡モーゲージサービス(2012年4月 静銀モーゲージサービスに商号変更)設立 | ★ | |||
| 信託業務取扱を開始 | ★★ | |||
| 邦銀初の自己株式取得と消却の実施 1997年12月、静岡銀行が邦銀として初めて自己株式の取得・消却を実施した。同年に自己株式取得の決定が株主総会決議から取締役会決議で足りるようになった制度改正を受けた動きで、市場で買い付けた自行株式を消却し、発行済株式数を減らした。 詳細を読む | ★★★ | |||
| 証券投資信託の窓口販売業務を開始 | ★ | |||
| 静銀ビジネスクリエイト設立 | ★ | |||
| 静銀経営コンサルティング(静岡印刷の事業内容・商号変更)営業を開始 | ★ | |||
| 個人年金保険の窓口販売業務を開始 | ★ | |||
| 証券仲介業務を開始 | ★ | |||
| 2005〜2017年中西勝則頭取によるBPR・マーケットイン改革と地銀経営の転換期 | 中西勝則が静岡銀行第10代頭取に就任 | ★ | ||
| 銀行本体発行クレジットカード取扱を開始 | ★ | |||
| Shizuoka Liquidity Reserve Limited設立 | ★ | |||
| 柴田久が静岡銀行第11代頭取に就任 | ★ | |||
| 2018〜2025年持株会社移行と山梨中央・八十二銀行との広域アライアンス展開 | しずぎんハートフル設立(2020年5月 特例子会社の認定を取得) | ★ | ||
| 山梨中央銀行との静岡・山梨アライアンスを発足 | ★★ | |||
| 柴田久 | しずおかフィナンシャルグループ発足、静岡銀行を完全子会社化 | ★★ | ||
| 柴田久 | 連結経常収益3,412億円・経常利益1,020億円・純利益746億円で過去最高 | ★ | ||
| 柴田久 | 八十二銀行を加えた富士山・アルプスアライアンスを締結 | ★★ |
免責事項およびポリシー
事実根拠:出所(しずおかフィナンシャルグループ)