決断
県外や海外へ広げるより、神奈川一県の中でどれだけ深く貸すかへ戻り続けてきた銀行である。1991年3月末の資金量は10兆1,598億円で地方銀行首位、「すべての面で都銀なみに」を掲げて国際・証券部門を広げていた。だが英ギネス・マーンの不良債権と相場低迷が収益を圧迫し、同年4月に国際・証券部門を国内営業の支援部門へ再編し、田中敬頭取自らリテール推進本部長に就任した。県内店舗170に対し都銀の支店は約2倍という劣勢は数では覆せず、1996年に県内の全支店を26のエリアへ集約し、地理情報システムで顧客の分布を地図化した。集中は以後も一貫し、2023年には中小企業向け融資に強い神奈川銀行を完全子会社化し、大中堅企業から小規模事業者までを県内で受け持つ3行体制にした。
1996年 26エリア戦略の導入
業績の推移1995 1996 2001 売上高(億円) 5,356 5,837 3,401 経常利益率(%) 2.3 -21.7 14.6 1991年4月 リテール重視への転換