スルガ銀行の決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

損失を先送りせず、頭取の家の財産で預金者の信用を守る銀行として出発した。共同社は年1割8分という当時の相場より低い利率で村内に貸し、組合員を借手からも保証人からも外す規約を設けた。根方銀行は日清戦争後の好景気で増資を重ねて駿東実業銀行となり、1900年には東京日本橋に支店を開設したが、預金の多くが融資目当ての見せ金だと分かると支店を閉じた。1901年3月に主要取引先の沼津乾燥会社が破綻すると、岡野喜太郎氏は岡野家伝来の田畑を担保に資金を手当てし、1902年下半期の配当を見送って損失を償却した。

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